夏の羽根

先日、夕暮れ時に近所の公園のベンチに座り
蝉の鳴き声の喧噪に包まれながら休憩などしていたら、
私のすぐ目の前を4、5歳くらいの女の子が
虫穫り網を片手に何度も通り過ぎ、
何だかこちらをちらちらと見ているので
おや、何だろうと思いながら居るとその子は
「あー蝉が捕まらないなあ。」
などと大きな声で独り言を言いながら、
網で蝉を捕獲せんと私の視線を意識しつつ、
わっさわっさと網を振り下ろしているのですね。
その独り言が明らかに私に向かって放たれているようなので、
何だ、私に相手をして欲しいのか、などと思いつつ見ていたら
その子はわさっと蝉を網の中に収め、その捕獲に成功し、
得た蝉を何と素手で持ちながらニコニコ顔で寄って来て、
「やった、捕まえたよ!」と私に見せるので、
仕方なくすごいなあー、などと感心してあげつつ、
「しかしそれ、素手で触って平気なの?」と聞くと
「この子はまだ赤ちゃんだから触っても平気だよ」と言うので
へえ、そんなもんかーと応えつつも
蝉ってそもそも成虫になって地上に出て来るわけで
みんな大人なのでは?と訂正したくもなったのですが、
子供の発想を否定しても何だろうと思ったので
「そうかー赤ちゃんかー」などと納得してあげたのでした。


その子は蝉を傍らにさらに網を掲げ、
「もう一匹捕まえようっと。」などと私に宣言し、
隣の木まで近寄ると「あそこにいるー」などと言い、
網を振ろうとしているのですが
どうもそこは彼女にとっては高い位置らしく、
「あー網が届かないよー」と私に向かって言うのですね。
催促するかのような感じで。
おや、それはつまり私に手伝ってほしいとのことかしら、
つーかこの子は私のような見知らぬ大人に対し
かようにフランクに話しかけて大丈夫なのかしら、
心をオープンにし過ぎなのではないかしら、
私が悪人であるなら犯罪に巻き込まれているところですよ、
などと思考及び心配するに至ったのですが、
彼女は彼女なりに「思うにこの人は安全っぽい。」
との判断を下しての結果じゃないだろうか、
だとすればその判断サンキューね!と私は思い、
「どれ貸してみ。」と網を彼女から受け取り、
過ぎ行く夏を謳歌せんと狂ったように鳴く蝉に向かい
「えいや!」と網を被せたのです。
すると自分でも驚くほど巧い具合に蝉は網に収まり、
あたかも朝青龍のヘディングシュート並みにびしっと決まったので
私は「やった、捕まえた!」とキャラに似合わない
テンションの急上昇を見せてしまったのですが、
何とか無事に彼女からのオファーを成功させることが出来、
私はどんなもんだとばかりに彼女を見やると
彼女は「捕まえたねー」とか言いながらまたもや蝉を素手で持ち、
「今度は大人の蝉だ。すごいね!」と喜んでくれたので
私はすっかり満足してしまったのです。
夕暮れの公園で。
サティスファクションをゲットしたのです。


そんな2人のプチ楽しい時間を過していると
しばらくして小学生くらいの少年がやって来て、
「おーい、もう帰るぞー!」と彼女を呼んだので
ああこの子のお兄さんかなどと思い見ると
少年はバットとグローブを手に持っており、
いかにも少年ぽい雰囲気の少年であったので、
こういうベタな感じの子供たちって今時いるんだなーなどと
変なところで感心してしまったのですが、
少女はそのお兄さんの呼びかけに対し
「はーい!」と言いながら蝉をベンチに置き、
「もう帰るね!その蝉、戻してあげて。」と言いつつ
「さよならー」と風のように去って行ってしまったので
私は何だかぽかんと取り残された感じになってしまって
さっきまでのテンションの高さが嘘のように
静かな気持ちになってしまったのでした。
夕暮れの公園で。
ロンリーをゲットしたのです。


傍らの蝉はもう飛び立つ元気もないようで
ばたばたしながらもベンチの上に留まっており、
空を切ることのない羽根が少し欠けていて、
私はそれを見て
「ああ、夏も終わりだな」などと思ったのです。