桐島、部活やめるってよを鑑賞

吉田大八監督「桐島、部活やめるってよ」を鑑賞しました。
ネタばれしながら感想を書いてますのでご注意してお読み下さい。



この作品、とある地方の高校を舞台にした青春群像劇なんですが、
登場する複数のキャラクターそれぞれの校内での立ち位置やそれに付随する人間関係、
内に秘める感情や行動などを繊細な台詞のやり取り、
視点を変えた複数のアングルで巧みに描いていて、実に面白かったですね。
とにかくキャラクターの台詞や演技が自然でリアルなんですよね。
人間関係の機微も上手に汲み取っているし。
イケてるグループ、地味なグループ、文化系、体育会系、
校内では必ず派閥が誕生し、ある種のヒエラルキーが生まれ、
みなどこかしらに属する感じになるわけですが、
そんなかつて見た学校の人間関係がそのままリアルに立ち現れていて、
見る人によっては苦々しく思ったりするかもしれませんが、
ここまで自然に描かれているのは見事だなと思いました。
イケてる美女軍団4人がつるみながらも実はそんなに仲良くない感じとか、
よくよく見たら2対2みたいな関係性だったりとか、
さらにその2人の間でも微妙な距離感が生じていたりとか、
女同士の面倒くさい関係が「あ、ごめん」みたいな細かい気の使い方とかで
細かく描かれていて巧いなと思いました。
バドミントン部女子の2人の間の「持てる者と持たざる者」の残酷さが
そのままバレー部の男子2人と呼応するという図式も巧いなと思ったんですが、
持てる者の桐島の不在があのバレー部の2人の関係を悪化させているわけですが、
持たざる者同士でしごきを行い、一方はしごきに耐えて努力をするという
あの残酷な感じがひりひりと伝わって来てあの描写も良かったですね。
(あの最後の方の叫びも胸に迫りました)
一方で何の努力もせずに「持っている」キャラのイケメンの野球部の彼も
実は何の目標も見いだせないという虚無に陥ってるという不幸に居て。
彼の冷め切った目線がこの物語を俯瞰しているわけですが、
彼の心ここにあらずな佇まいも良かったですね。
何の愛情もないキスシーンとか、いとも簡単にゴールを決めたりのイケメンっぷりとか。
「才能は持たざる者」ながら「やるべきことを持っている者」として
随所に登場する野球部の先輩と対峙した時の戸惑いも表情できちんと演じていました。
最後に同じくやるべきことを持っている者として描かれる映画部の神木くんとのやり取りで
彼は涙を流すわけですが、あの後桐島に電話をかけるのは意味深な最後でしたね。
あれは「結局変わってないんじゃないか」とも取れるし。
でも目線がきちんと野球グラウンドに向いているんですよね。
彼が常に野球バッグを放さないというフリも効いてるし。
きっとあの後野球部に戻ったんじゃないかと思わせる余韻があって良かったですね。
でまたあの野球部の先輩がいいキャラクターなんですよね。
「ドラフトが終わるまで続ける」という台詞はギャグとも取れるシーンでしたが、
いやギャグじゃないよなあと見終わった後しみじみ思ってしまいましたね。
来もしないドラフトを待ちながらバットを振り続ける生き様があるんだよなあと。
同じく才能は(持ってないかもしれないけど)自分がやるべきことを持っている者として
映画部の神木くんが存在するわけですが、彼の佇まいも良かったですね。
「同じ同じ!」とつい共感しながら見てしまいました。
高校時代自分がどのキャラだったかと問われればこのキャラだったと言わざるを得ません。
体育の授業でサッカーのチームに呼び込まれない感じとか、
ボールを投げ込もうとして迷ってると「貸せよ!」とチャラ男に取られちゃうくだりとか、
これデジャヴじゃないかと思いながら見ていました。
映画秘宝」を愛読している辺りもいいねえという感じで。
(あれを突き飛ばされるのがフリになって最後に蹴られた小道具を
「拾えよ!」と叫ぶシーンにつながるわけですね)
あの映画部のイケてない男子校のノリは懐かしかったですね。
あの「おっまた〜」の彼とじゃれ合うところとか見ててキュンとしました。
そのおっまた〜の彼がイケてるやつらに放つ恨み言に「そうだそうだ」と
いちいち共感しながら見ていた私です。
神木くんが映画館で偶然クラスの美女と一緒になるくだりは
「これってグミチョコレートパインじゃん」と思いましたが、
あの微妙に噛み合わないやり取りも巧かったですね。
「鉄男」を上映している地方のシネコンなんてあるのかと思いましたが。
ああいうのをひとりで見に行ってる感も「わかるわー」と共感した次第です。
そしてあの美女が結局チャラ男と付き合ってるという事実に
人生の無情さを感じたりした次第です。
(まああの後すぐに別れるんでしょう)
しかしあの子は実は神木くんみたいな男子の文化に理解があるんじゃないかと
ちょっと匂わせる感じがありましたね。
その神木くんと同じく文化系として対峙する吹奏楽部の彼女ですが、
彼女の抑えた演技もとても良かったですね。
映画部の人たちとモメながらも、最後には「わかったよ」と神木くんに納得させる
何か文化系同士の理解、みたいなくだりが良かったですね。
あの子のラブアピールの仕方が「そんな遠回しで気が付くの〜」と見てて思ったんですが、
当の野球部の彼も実はうっすら気が付いてたし、その彼女なんか当てつけでキスしてたし、
吹奏楽部の後輩も気が付いてて、気が付いてないの映画部の人だけだったという。
(しかしあの後輩の気遣いはちょっと大人過ぎるんじゃないかと思いましたが)
クラスの後ろの席で野球部の彼と校庭をふっと眺めて、
その時に音が消えて2人だけの世界になる描写がありましたが、
あそこは良かったですね。
ああこの子は前の席の彼のことが好きなんだなとあそこでわかるんですよね。
その彼女が失恋を振り切って演奏に臨むくだりは感動的でしたね。
この映画ほとんど音楽が使われてないんですが、
そのせいで最後の吹奏楽部の演奏が際立って胸を打つんですよね。
その音楽に乗って屋上でのクライマックスシーンが展開されるわけですが、
登場人物が一カ所で入り乱れて騒ぐというくだりは全体地味なこの映画内において
見ていてカタルシスも得られたし、
映画部の脳内で撮られていたであろうゾンビ映画の映像もある種の爽快感があって、
見ていて感動しましたね。
その騒ぎ後の野球部のイケメンと神木くんとの会話シーンがまたしみじみ良くて。
なんで映画を撮るのか「アカデミー賞?」「女優と結婚?」などの問いに
「それは無理かな」ときっぱりと応えつつ、
「こうして映画を撮ってると自分が今まで見て感動した映画たちと心で繋がる瞬間があるような気がする」
みたいなことを言うんですよ。
それを得たいがために映画を作るんだと。
それを聞いてイケメンの彼はショックを受けて涙を流すわけですが、
私ももうそのシーンぼろ泣きですよ。
自分に当てはめてしまって。
何のためにずっと音楽を続けているのかと。
同じく自分も今まで聞いて感動して来た音楽と心で繋がる瞬間を信じて来たからだと。
そしてそんな純粋な気持ちを忘れてやいないかい俺よ、と。
そこの場面、屋上に綺麗な夕焼けの光が差し込んでいて。
もうこのシーンは絶対夕焼けバックじゃないと成り立たないシーンなわけですよ。
その前に神木くんが「ちょうど夕焼けの時間帯だから今しか撮影出来ないんだ」みたいなことを言うんですが、
それがそのままこの映画で体現されているわけですね。
あとゾンビ映画内の台詞として放たれる
「僕たちはこの世界で生きて行くしかないんだ」みたいな力強い台詞は
そのまま彼らの(ひいては見ている我々の)世界に当てはまるわけです。
ゾンビがはびこるこの世界で生きて行くしかないわけですよ。
この作品の目線が素晴らしいのはどの生徒も悪人として描いておらず、
みんなそれぞれに弱い部分や優しい部分や強い部分や意地悪な部分があるという
それって自然なことだよねという描き方に徹しているのですよね。
自分は映画部の神木くんに共感しましたが、
実は野球部の彼やチャラ男や帰宅部の彼とも通ずるものがあったり、
吹奏楽部の彼女とも通ずるものがあったりするんですよね。
これはもう紛れもない青春映画ですが「青春だね」「キラキラだね」で片付けられない
リアルでひりひりしてて心苦しい面倒くさい校内の人間関係を通じて
「青春」を感じさせる、ある意味正しい青春映画じゃないかと思いました。
あの屋上の夕焼けのシーンを思い出しながら私は帰り道、
しみじみ「良かったなあ」と口にしたのでした。
かつてあそこにいたはずのみなさんもぜひ。
興味あったらご覧下さい。