フラニーとズーイは語る 貸切り図書館30冊目

先日はmolnにて恒例のイベント「貸切り図書館」の30回目を、ゲストにショコラ&アキトさんをお迎えしてお送りしました。たくさんのご来場をどうもありがとうございました。
ショコラ&アキトのお2人がThe Mattson2とコラボした新譜がとても素晴らしかったのでライブで聴けるのを楽しみにしていたのですが、その収録曲は勿論、新旧取り混ぜた充実のセットリストで最後まで楽しめましたね。「たまむすび」リスナーとしては番組のジングルとして毎日耳にしている「扉」も聴けたのでひときわ感激でした。
今回の新譜はThe Mattson2の作ったトラックに後からショコラ&アキトさんがメロディーと歌詞を付けボーカルを乗せるという作り方だったそうですが、ジャズ、New Wave、音響を交差する複雑なトラックに2人のポップで美しいハーモニーが見事に融合しており(ジョン・マッケンタイアのミックスも素晴らしいのです)、英語で歌えばもっと寄り添えそうなところをあえて日本語で歌っているのも素晴らしいと思いましたね。またこの日本語詞がシンプルながら選び抜かれたとおぼしき言葉が然るべきところに配置されており、とても良いのですよね。MVも作られている「SAKURA」などはJポップ界ですでに手垢まみれの桜をモチーフにして斯様な深い視点の歌詞が書けるのかとその文学的な筆致に感銘を受けました。(ぜひMVを見ていただきたいです。)
この日は片寄さんがギター、ショコラさんがキーボードという2人だけの編成でしたが、新譜の曲をきちんと再現していて、歌詞とメロディーだけ取り出すと曲の良さがよりくっきりと際立つのだなと、その強度みたいなものを実感しましたね。弾き語りでこれだけ良いのだから尚更The Mattson2との演奏も生で聴きたくなりましたね。
お2人は曲が終わる毎にお喋りをするのですが、これが夫婦漫才のようであり、ラジオ番組を聴いているかのようであり。お2人の声の良さも相まってとても心地良く面白かったですね。今回は本がテーマなので本についてもたくさん話してくれました。ちなみに今回紹介していただいた本は以下のラインナップです。
片寄さんセレクト
ジャック・ケルアック「地下街の人びと」
ジェニー・ボイド「素顔のミュージシャン」
アレハンドロ・ホドロフスキー「リアリティのダンス」
カルロス・カスタネダ「無限の本質」「時の輪」
G.I.グルジェフベルゼバブの孫の話」

ショコラさんセレクト
宮沢賢治銀河鉄道の夜
てくり別冊「光原社 北の美意識」
丹治茂雄・千葉圭介「ナキウサギ 神々の庭に遊ぶ」
J.D.サリンジャーフラニーとズーイ
牧山桂子白洲次郎・正子の食卓」
ジム・ウードリング「PUPSHAW&PUSHPAW」

片寄さんセレクトのジャック・ケルアックの「地下街の人びと」は当時絶版で買えなかったそうで、仕方なく毎日国会図書館に通いこの本を10ページずつコピーし(1日に10ページだけコピーが出来るのだそう)、それを自分で製本して私家版の「地下街の人びと」を作ったというエピソードが驚きでしたね。実際にその現物も見せていただいたのですが、表紙も全体の作りも綺麗で、これは一生の宝物だなあと感心してしまいました。(当時製本の仕事をしていたお父さんと一緒に作ったというエピソードもまた良いなあと思いましたね。)ひと夏かけてこれを作った片寄青年の情熱たるやですよ。当時ビート文学に感化され大学に寝袋持ち込んで寝泊まりしたり、バスに乗って突然旅に出たりなどしていたという片寄さんの青春エピソードも面白かったですね。
「素顔のミュージシャン」は様々な音楽家に作曲にまつわる話や演奏中のゾーン体験などを尋ねるインタビュー本だそうで。(著者はジョージ・ハリスンの元嫁のパティ・ボイドのお姉さんだそう。)片寄さんはミュージシャンの本が好きで、伝記本なんかもよく読んで創作のヒントを得るのだそうです。これは私もぜひ読んでみたいなと思いましたね。
「リアリティのダンス」はホドロフスキー監督の自伝だそうで。片寄さんはこれを読みながら作詞の参考にしようと思ったのか気になった箇所に付箋をあちこちに付けていたそうで、そのうちのひとつ「芸術の目的は治療することである。人を癒せない芸術は本物ではない。」という一文を紹介してくれました。ショコラ&アキトさんの楽曲にも確かに癒し的な要素があるよなあと思った次第です。
カルロス・カスタネダ細野晴臣さんのエッセイ「地平線の階段」(これも名著)に名前が出てきて気になって読んでみたそうで、インディアンの呪術師に現実の見方、生き方を学ぶという内容なのですが、60年代のヒッピー文化やドラッグ文化なんかとも通じていて、幼少の頃にぜんそく持ちで強烈な薬を飲んで幻覚を見ることもあった片寄少年には強く惹かれるものがあったそうです。ここに書かれているのは「人は戦士として死と向き合って生きて行く、そのためには死を友人として受け入れることが大事」ということで、人はいつかは死ぬということを常に意識していれば人を許すことも出来るし優しくすることも出来るという死生観が綴られているのだそうで。20年近くずっとカスタネダの本を読み続けて来て実際に周りの人たちを亡くす体験も経て、当時わからなかったことがわかるようになったと片寄さんは語っておりました。この辺りの達観した視点は片寄さんの歌詞にも滲み出ているような気がしましたね。死を意識してこその優しさみたいなものが。また「内的沈黙」というキーワードもあり、人は常に自分と会話している状態であるのを、お経や呪文などを唱えることによってそこを閉じると行動ひとつひとつに集中し力を発揮出来るというような意味合いの言葉で、そういえば人は何かしながらも別なことを考えていたりするもので、それを封じてひとつのことに集中して身を投じるための手法として瞑想や読経があるのだという話がとても興味深かったですね。同じような話が後にショコラさんが紹介する「フラニーとズーイ」にも出て来るそうで。片寄さんは無宗教ながら様々な宗教書を読むのが好きだそうで、偉いお坊さんの説法を聞いているかのようでこの辺りの話は面白かったですね。
G.I.グルジェフアルメニア生まれの思想家で、この「ベルゼバブの孫の話」は宇宙から見た地球のことが描かれているそうで、日本で言う古事記みたいな内容なのだそうですが、片寄さん曰く何が書かれているのかよくわからないということです(笑)。よくわからないけど読んでいるうちに覚醒するような感覚があるそうで。「人間は月に栄養を与えている」など書かれていることはみなある種の比喩で、ギリシャ神話なんかにも近い内容なのだそうですが、片寄さんは「ぶっ飛び版聖書」というユニークなキャッチでまとめておりましたね。凄く分厚い本で文章も二段組というボリュームなのでなかなかの難関ですが、ちょっと覗いてみたい気持ちにはなりました。そういえば曽我部恵一さんもよくわからないけど分厚いピンチョンの本を読破して面白さを見出したと語っておりましたが、わからないものに挑戦する喜びが前提として読書家には備わっているということでしょうか。
代わってショコラさんセレクトですが、最初に紹介してくれた宮沢賢治はツアーで賢治の故郷の花巻に行った時に記念館など訪れ、興味を持って改めて読み直してみたのだそうです。読んでみたら文中の言葉の表現がとても綺麗で感銘を受けたそうで。文庫本「銀河鉄道の夜」に収録されている「ひかりの素足」という作品が特にお気に入りとのことでした。賢治は実は生前は「注文の多い料理店」しか出版しておらず主に死後に評価された作家なのですが、その「注文の多い料理店」を唯一出版したのが光原社という会社で、今はセレクトショップとして工芸品や器などを扱っており、ショコラさん憧れの「暮らし家」(丁寧に暮らすことを生業にする人)の見本のようなお店なのだそうです。お2人ともこのお店を絶賛されてましたね。店内にはその「注文の多い料理店」の原稿なども展示されているそうで、私も盛岡に行った際は立ち寄ってみようと思いました。(紹介してくれた「光原社 北の美意識」というムック本はそのお店の特集号なのだそう。)ちなみにショコラさん憧れの3つのキーワードは「手仕事」「古民家」「和モダン」なのだそうで、それを聞いた会場からは何故だか笑いが起きておりましたね(笑)。ショコラ&アキトさんから宮沢賢治の名前が挙がるのは意外でしたが、片寄さんも「雨ニモマケズ」に出てくる「オロオロと」という表現に感じるものがあって歌詞に引用したりしているのだそうですね。聞いてみるものだなと思いました。
ナキウサギは北海道の然別湖に生息するネズミに似たウサギで、なかなか会うことの難しい生き物なのだそうですが、ネズミ好きなショコラさんはツアー先の北海道でこのウサギの写真を見て一目惚れしてしまったそうで、この写真集を好んで眺めているのだそうです。ショコラさんはネズミが好き過ぎて、街中で猫に追いかけられているネズミを助けたこともあるそうで(今回はお引き取り下さいと猫にお願いしたそう・笑)、そのエピソードが宮沢賢治ぽいなあと思ったりした次第です。後日「あの時助けて貰った者です」とネズミが恩返しに訪ねて来なかったのでしょうか。
サリンジャーの「フラニーとズーイ」は折に触れ読み直す愛読書だそうで、文中に出て来る「太っちょのおばさんのために靴を磨け」というズーイがフラニーに言った台詞が印象に残っているらしく、要は見知らぬ誰かを喜ばせることが人生にとって大事だというような意味なのですが、ショコラさんはこれを読んで自分も見知らぬ誰かに喜んで貰うために歌って演奏したいと思うようになったと語っておりました。
白州次郎・正子の食卓」は文字通り白州家で食べられていたというメニューの写真集だそうで。娘である牧山桂子さんが「この器でこのメニューが食べたい」みたいな白州夫妻のリクエストで作っていたそうなのですが、お金持ちの白州家の食卓といえばそれはもう優雅なもので、食事が盛られた器や敷かれた布も美しく、簡単なレシピも書いてあり(しかしショコラさんは作ったことはないそう・笑)、まさに「暮らし家」の上質な生活に触れられる1冊なのだそうです。レシピも添えられているなら私も読んで作ってみようかなとちょっと興味が湧きましたね。
ジム・ウードリングアメリカのコミック作家で、この本はフランクという犬が主人公の台詞のない漫画で、ショコラさんはこのキャラがとにかく可愛くて大好きで、この世界をずっと知っていたかのように感じると話しておりましたね。漫画で言えばさくらももこさんの「コジコジ」も好きだそうで、何となくショコラさんの好きな漫画の世界観が伺えましたね。
以上、かなりディープな本の話が展開されましたが、そんな本の話以外にも2人のトークはあちこち飛んだり脱線したりまた戻って来たりといちいち面白く(インディーズ車掌の話とか傑作でした)、いつまでも会話を聞いていたいなと思わせる素敵なライブでしたね。お客さんも普段聞けない話を聞けて楽しめたのではないでしょうか。ショコラ&アキトさん、本当にありがとうございました。ぜひまた2回目の出演もお願いしたく思った次第です。

貸切り図書館、次回は4月23日に中山うりさん、24日に嶺川貴子さんとDustin Wongさんをお迎えしてお送りします。そちらもよろしくお願いしますということで。