紫雨を鳴らす 貸切り図書館33冊目

もう先月の話になってしまいますが、molnにて恒例のイベント「貸切り図書館」の33回目を、ゲストにテニスコーツさん、NRQさんをお迎えしてお送りしました。本当にたくさんのご来場をどうもありがとうございました。
今回NRQさんは初登場だったんですが、二胡の吉田さんとベースの服部さんは以前yojikとwandaのメンバーとしてすでに出演していただいてるので、セッティングからリハーサルまでスムーズに進みまして。ギターの牧野さんの息子さん(小学生低学年くらいですかね)もリハから来ていたのですが、とても明るくて人懐こく、リハ中のお父さんに近寄ったり会場をうろうろしたり我々に話し掛けて来たりととても可愛かったですね。メンバーさんも良きおじさんたちといった風情で。かなり激しめのギターを弾く牧野氏に「ねーねー、お父さーん」と無邪気に話し掛ける様子に和んでしまいました。去年に続いての出演となるテニスコーツの2人はリハーサルからかなり綿密な打ち合わせをしており。2人はいつもずっと練習しているというイメージがあるのですが、今回新しい曲を試してみるらしくいつもにも増してがっつり練習している様子でしたね。リハ中にさやさんが「あ、この曲、五十嵐くんたちにもコーラスして貰おう」と急に言い出し、何故か我々も参加することになったんですが、会場にいる人やある物や空気感を自分の音楽に取り込んでいくのが上手だなと改めて思いました。NRQとのセッションリハも初めてだというのに自然に溶け込んでおりましたね。
そんなそれぞれのリハも終わりいざ本番が始まりまして。最初に登場のNRQの演奏は、不穏な夢の中で彷徨いながら聞く異国の歓楽街のBGMといった風情で、とても素晴らしかったですね。どこの国のいつの時代の音楽かわからない、美しいけどどこか恐ろしげな、懐かしいけれど未知のものであるという、何とも言えぬ魅力的なサウンドで。ライブ中も牧野氏の息子さんが「お父さーん」とステージまで行ったりお喋りしたりしていて、バンドの音の合間に子供の声が混じり、どこぞの遊園地に迷い込んだかのような不思議な感覚になりましたね。
本の紹介のくだりでは各メンバー以下の本を挙げてくれました。
ギター牧野氏セレクト 柴田 哲孝著「下山事件完全版―最後の証言 」「下山事件 暗殺者たちの夏」
NRQの「パシナ式」という曲名は満州鉄道の特急列車の名前から取られたそうなんですが、この下山事件を追ったノンフィクションを読んでいくと犯人として満州鉄道関連の人物が浮上するそうで、そこから着想を得たのだそうです。下山事件が由来と知ってから聞くとまた違う印象を受けるものですね。ちなみに牧野氏が持って来たのは事件をベースにしたフィクション作品である「下山事件 暗殺者たちの夏」でしたが、お勧めなのはドキュメント作品の「最後の証言」の方なのだそうです。牧野氏の解説を聞いていたら両方とも読んでみたくなりましたね。
ベース 服部氏セレクト 諸星大二郎著「栞と紙魚子の生首事件 」
服部氏が「紹介する本は漫画なんですけど」と言うと牧野氏の息子さんが「漫画かーい!」とツッコミを入れて会場の笑いを取っておりました(笑)。諸星大二郎とは実にらしいセレクトだなと思いましたね。この本を背後に飾ってその後演奏したのですが、諸星大二郎の独特なタッチがバンドのサウンドに妙にマッチしていて良かったですね。
ドラム 中尾氏セレクト 大野裕之著 「チャップリンヒトラー
中尾氏曰く、ヒトラーの演説シーンを頭に思い浮かべるとチャップリンの映画「独裁者」でのでたらめな演説シーンも同時に思い出されるとのことで、イメージ戦略としてチャップリンは笑いでヒトラーを侵食することに成功したのではないかとこの本を読んで思ったのだそうです。チャップリンは「独裁者」を撮る上で当時ナチスナチスに共鳴する国からかなりの妨害を受けたそうですが、それに屈することなく作品を作り上げたそうで。わずか4日違いで生まれた同世代で、お互いちょび髭がトレードマークとなったチャップリンヒトラーという歴史に残る2人を巡る物語ということで、これは読んでみたいなと思いましたね。
二胡 吉田氏セレクト 藤子・F・不二雄著「藤子・F・不二雄のまんが技法」
藤子先生による漫画の描き方の指南書だそうで、吉田氏はこれを読んでその方法論を作曲にも活かしているのだそうです。それを聞いて即座に牧野氏から「本当に!?」とツッコミが入りましたが、吉田氏曰く最近買ったばかりなのでこれから活かそうと思ってるとのことでした。諸星先生と藤子F先生という漫画家のセレクトにらしさを感じてちょっとニヤリとしましたね。
そんなナイスな本セレクトをしてくれたNRQさんに続いてはテニスコーツさんの登場で。今回も2人はPAを通さない完全生音での演奏で、冒頭さやさんがお客さんに話しかけているうちにいつの間にか歌が始まり、植野さんのポロンと爪弾くギターが響くとたちまちその場の空気が純度の高い音楽で満ちるのを見て、やっぱりテニスコーツは凄いなあと感心してしまいましたね。外から聞こえる電車の走る音も風の吹く音も子供たちの声も自分の音楽に取り込む力があるのです。さやさんの歌と植野さんのギターのみというシンプルな編成なのに、2人がそこで音を鳴らすとどこまでも豊かな音楽がその場に降りて来るのです。改めて素晴らしいなと思いました。途中「molnの2人にも参加してもらいます〜」とさやさんに呼び込まれ、恐縮ながら我々もコーラスで参加させていただきまして。「紫雨」と書いて「しう」というタイトルの曲で、「しうしうしうしうしう〜」と紫陽花の上に降り落ちる雨のしずくのように歌わせていただきました。6月にぴったりの曲でしたね。さやさんがMCで「五十嵐くんは大学の後輩なんだよね」という紹介をしてくれて。植野さんは「後輩がこんなに立派になって(笑)〜!」とイジってくれましたが、図らずもテニスコーツとは初めての共演と相成りました。良い記念になりました。その後も2人は「一緒に演奏して下さーい」とNRQの各メンバーを個々に呼び出し、ぶっつけ本番でのセッションを展開しておりましたが、みなさん手練の音楽家なのでどの曲も初めてとは思えない素晴らしい演奏を聞かせてくれました。
そして本の紹介のくだりでは以下の本を挙げてくれました。
さやさんセレクト 遠藤水城著「陸の果て、自己への配慮」
内容は「かつて太宰治が袋小路と呼んだ竜飛岬を出発し、まだ震災の爪痕が残る真冬の東北の海岸沿いをひたすら徒歩で南へ下った筆者が、風雪に晒され、恐怖と孤独感に苛まれながらもノートに綴った63日間の記録。」とのことで、キュレーターである著者が震災直後に青森から南相馬の線量の高い地域までひたすら歩いたというリアルな記録なのだそうです。私はこの本の存在を知りませんでしたが、内容を知って俄然読んでみたくなりましたね。さやさんはこの本をきっかけにして出来たという曲を歌ってくれました。言葉に影響を受けたのだそうです。
植野さんセレクト 寺内タケシ著「テケテケ伝」
エレキギターの草分け的存在、寺内タケシ氏の自伝本です。植野さん曰く「今読んでいる途中」とのことでしたが、もの凄く面白いのだそうで。これは私も昔読んだのですが、テラさんの波瀾万丈な人生は確かに面白かったですね。エピソードちょっと盛ってないか?というようなツッコミどころも含めですが(笑)。この本の紹介の後に「ギター」というタイトルの曲を演奏してくれました。思えば植野さんも今や世界的なギタリストですしね。
アンコールではNRQメンバー全員とテニスコーツで完全即興のセッションを演奏してくれたのですが、これがまた美しかったですね。植野さんのアルペジオとさやさんのコーラスと、二胡の旋律とエレキのフィードバック音とたゆたうようなリズムとが混ざり合っていて。このまま会場を飛び出し線路を越えて夜空へと溶けて行くのではないかと思いながらその調べに耳を傾けてうっとりしてしまいました。素晴らしかったです。
がっつりと共演するのは初めてだという今回の2組でしたが、良い組み合わせだったのではないかと思います。それぞれ違うアプローチで牧野氏の息子さんをあやす植野さんとさやさんの姿も印象的でした(笑)。音楽が鳴らされる会場に子供がいる光景は良いものですね。
次回の貸切り図書館は友部正人さんがゲストに登場です。こちらのレポも後に上げますのでぜひご一読下さい。ということで。