図鑑と絵本 貸切り図書館35冊目

先日は恒例のイベント「貸切り図書館」の記念すべき35回目を、ゲストに久住昌之さんをお迎えしてお送りしました。ドラマ化されたり海外でも翻訳されたりと大人気の「孤独のグルメ」の原作者であり、ドラマのテーマソングや劇伴を自身で手がけるミュージシャンでもある久住さんの登場ということで、遠方からたくさんのお客さんにご来場いただきました。本当にありがとうございました。
当日会場入りされた久住さんは前の日もライブだったそうで、リハもほんのセッティングする程度で、あとは我々と今回サックスで参加のフクムラサトシさんと談笑しているうちに開場時間になりまして。入場して来るお客さんは楽屋にいるでもなく普通に会場にいる久住さんを見て驚いた様子で、中でも岐阜から来たという2人組の女性は「わ、本物の久住さんだっ!」とテンション上がりまくっていて面白かったですね。あとみなさん各々久住さんの著書を持参して来ており。「サインして下さいー」と開演前からすでにプチサイン会が開催されておりました。「花のズボラ飯」など「孤独のグルメ」以外の本を持って来ている方もいて、久住作品は愛されているなと思いましたね。
そんな中いよいよライブが始まりまして。1曲目から「孤独のグルメ」のテーマ曲を披露してくれたのですが、お馴染みのイントロが流れて来た時点で客席から「きゃあ〜」という悲鳴にも似た歓声が上がり。思わずリコーダーを吹いていたフクムラさんも「え、このイントロだけで?」と笑いながら戸惑っておりました。私も聞いていて「うわ、ドラマで流れてるのと同じだ!」とテンション上がりつつ、腹が減るという謎の現象が起こりましたね。(視聴者はあれを聞くだけで美味しそうなご飯をイメージしてしまうのです。)お馴染みの「ゴロ〜!」「イノガシラッ!」というフレーズも客席のみなさんで合唱し、いきなりの大盛り上がりでした。あのテーマ曲は久住さんがコード進行を考えてフクムラさんに伝え、それを元にメロディを何種類かフクムラさんが事前に作ったそうなのですが、レコーディング当日にシャワーを浴びながら急に思いついたフレーズが結局採用になったそうです。シーズン1から5まで全部微妙にバージョンが違うということで、その場で全種類演奏してくれました。フクムラさんの巧みな演奏が素晴らしかったですね。
そして本の紹介のくだりでは久住さんのルーツとなった2冊についてトークをじっくり聴かせてくれまして。
まず紹介してくれたのは平凡社出版の「絵本百科」という本で。これは久住さんが幼少の頃お母さんが買ってくれたもので、値段が5巻セットで4000円という、当時としてはかなり高価なものだったそうですが、お母さんはわざわざローンを組んで買ったのだそうです。これを久住少年は気に入って熟読し、今でも読み返しているというのだから4000円以上の価値があったということでしょう。ちなみに5冊のうち3冊は久住さん、2冊は弟さんで作家の久住卓也さんが所有しているそうで、1冊多いのは兄の威厳によるものだそうです(笑)。ただ久住さんが持っていない方の2冊を見たい時はわざわざ卓也さんの家を訪ねるのだそうで、兄弟仲の良さが伝わるエピソードだなと思いました。この本は図鑑なので世の中の森羅万象のことが載っているのですが、いきなり「アイヌ」から始まるというトリッキーな内容で、「アリ」だけで見開き使ったと思ったら魚全般を「ウオ」でまとめちゃうという大胆な編集で、久住さんはそのページを見せながら「何でウオなんだ、普通サカナだろう!さっきアリだけで見開き贅沢に使ったのに何で魚はぎゅっとまとめちゃうんだ!」などとツッコミを入れて笑いを取っておりました。このトークの妙味はいとうせいこうさんとみうらじゅんさんのスライドショーを彷彿とさせ、ガロイズムを感じましたね。その後も絶妙な図鑑イジりで会場を沸かせておりました。久住さん曰く、この図鑑の絵がまたかなりリアルで、およそ子供向きに作られていないのが良いとのことで。久住さんは子供用とか、どこか特定の層に合わせた感じで作られたものが好きじゃないそうで、子供は子供なりに難解なものもリアルなものも受け取るものだし、自分もそうして来たのだそうです。確かに久住さんの作品は受け手の感性を信用するというか、特別誰に向けてというわけでなく自分が面白いと思った独自の世界をプレゼンし続けている印象を受けますよね。漫画家、文筆家、イラストレーター、音楽家など様々な肩書きを持つ久住さんですが、どれも全部自分の仕事だと思っていて、自分が面白いと思ったことは全部やりたいのだそうで、その根本にあるのはこの森羅万象を詰め込んだ何でもありの図鑑にあるのではないかと、ご自身の創作活動のルーツについて語ってくれました。図鑑だけでここまで広がるのかとその話術にもすっかり引き込まれてしまいましたね。
途中「孤独のグルメ」についても話してくれたのですが、20年前に最初の単行本が出た時は三刷りくらいで絶版になり、それほど売れなかったそうなのですが、文庫本になってからじわりじわりと売れ出したそうで。その後ネットで「五郎ちゃんごっこ」をする人が出現したり(原作に出てくる店に実際足を運んで同じものを頼んで同じ台詞を言う遊び)、幅広い人にも浸透して行ったのだそうです。ドラマ化の話は実は10年前からあったそうで、毎回会議にかけては落ちていたものがこちらも時間をかけて実現したのだそうで。ドラマ化されて久住さんが気にかけていたのは、モデルになったお店に視聴者が殺到し迷惑をかけるのではないかとのことでしたが、お店の人曰く確かに放送後お客さんは殺到したけれど、みんな一様に静かで行儀が良かったのだそうです。それはドラマ内で五郎さんが静かで行儀が良かったからでしょう。久住さんはそこに一番ほっとしたそうです。(お客さんはみな各々五郎ちゃんごっこに興じていたのでしょう。)ちなみに五郎さんが一度にたくさん食べるのは、久住さん自身が少食であるところからの憧れの表れだと後で話してくれました。あの細い体で3人前くらい食べますもんね。
そしてもう1冊は、バージニア・リー・バートン著、石井桃子訳「せいめいのれきし」という絵本を紹介してくれまして。この本も久住さんが幼少の頃お母さんが新聞の書評を見て買ってくれたそうで、当時の実物は弟の卓也さんが所有しているそうです。(久住さんは後で買い直したそう。)この本はタイトル通り、地球が生まれてから、今この瞬間までの長い長い命のリレーを、劇場仕立てで壮大に物語ったもので、構成から装丁、絵の1枚1枚にまで細かい仕掛けが施されており、作者はこれを仕上げるのに10年かかったそうです。久住さんは最初は自分の興味ある恐竜のページばかり見たり、文章を読み飛ばしたりしていたそうですが、何度も読んでいるうちに細部の面白さに気付き、最終的にこれがもの凄い作品だと理解するのにそれこそ10年かかったそうです。それだけ時間をかけて理解をする読書体験というものも有りだし、それを可能にする本作品は素晴らしいと絶賛されておりました。確かに久住さんの解説を聞いているとかなりの作り込まれ方なのがわかり、これは読んでみたいなと思いましたね。子供にはぱっと見理解出来ないものでも興味を惹かれたり、何度か読んでいるうちにわかってきたりするものだという、これも先ほどの「絵本百科」に通ずるものがあり、久住さんの表現方法に多大なる影響を与えたのだなとわかりました。
それこそ久住さんもご自身の息子さんに少々難しいかもと思いつつ「ロード・オブ・ザ・リング」の原作を読ませたことがあるそうなんですが、それなりに興味を持って読んだのだそうです。後で久住さんもその本を読んでみたところ、翻訳がとてもユニークな言葉使いで面白く、誰かと調べたら瀬田貞二さんという児童文学作家の方だったそうで。その後、先ほどの「絵本百科」について原稿を書く機会があり、詳細をよくよく調べてみたらこの図鑑の監修を手掛けたのがその瀬田貞二さんご本人だったそうで、驚くと同時に自分が面白いと思う基準が変わってないことを確認したそうです。ちなみにその瀬田貞二さんは「せいめいのれきし」の翻訳をした石井桃子さんとも合流があったそうで、久住さんのルーツに瀬田さんありというのがよくわかりました。後々自分の好きなものが繋がる喜びというのはあるよなあと思いましたね。
今回はトークに重きを置いた貸切り図書館になりましたが、こういうのも面白いなと思いましたね。久住さんと言えばのラーメン屋江ぐちの話も聞けましたし。(江ぐちソングも歌ってくれました。)終演後は今度はCDへのサイン会と写真撮影会となり、お客さんも喜んでおられました。残っていた方々と軽くビールなど飲みつつ談笑したりして最後まで盛り上がりましたね。ぜひまた楽しいトークをしに来ていただきたいなと思った次第です。
そんな貸切り図書館、次回はカーネーション直枝政広さんをゲストに迎えてお送りします。そちらもぜひよろしくお願いしますということで。