猫の綿菓子

もう6月とは時の流れの早さに驚くばかりです。日々の慌ただしさに翻弄されている間にも季節は確実に移り変わっているのですね。気付けばミル坊の体毛も冬毛から夏毛へ生え変わる時期らしく、とにかく抜け毛が凄いのです。ごそっと白い毛の塊が落ちているかと思うとミル坊の毛なのです。この塊を集めてもう1匹別なミル坊を作れるのではないかと思う程の毛の塊が日々抜け落ちているのです。白い塊はふわふわしており、見た目は綿菓子のようであり、階段などに転々と綿菓子が落ちている様を見ては「嗚呼、自分はもう何年綿菓子を食べていないだろうか」などと幼少期の祭りの思い出に想いを馳せたりしてしまうのです。綿菓子製造機と化したミル坊を見る度に「神様は何故に斯様な毛むくじゃらの生き物を創りたもうたのか」と思う訳ですが、この毛のふわふわで人間共を癒すための仕様かと思うと神様グッジョブやんと親指を立てざるを得ません。掃除機の追いつかぬ抜け毛も癒しのためだと思うと容易く許容してしまう私です。
近所に住むミミという老猫が頻繁に我が家にやって来て「撫でてくれーい」と目の前でごろんごろんするので、ついワシャワシャと身体を撫でてやるのですが、そうするとやはり手や衣服に抜け毛がごっそり付くので「お前もか!」という感じで毎回掃除しなければならないのですが、「今日も遊びに来たよ!」という感じで鈴を鳴らしながらやって来る姿を見るとついつい撫でてしまうのです。世界中の猫の冬毛がごそっと抜けるこの時期、家々の片隅にたくさんの綿菓子が製造されていると思うとそれはそれで幸せな光景ではないかと思ってしまう私です。人間が核兵器だミサイルだと、ろくでもないものを作り落としている間、猫はふわふわの綿菓子を作り落としているのです。どっちの世界が幸せなのでしょうか。国会でろくでもない発言をしている政治家の姿を見るとふと猫よりも下等な生き物に見えてしまうことがあります。いっそ猫に首相をやらせれば良いのではと半ば本気で思ったりしているこの頃です。
5月は何かと慌ただしくとても長かった印象です。充実していたのでしょうか。6月もそうでありたいとミル坊の落とした綿菓子を掃除しながら思う私です。