熱狂の紫陽花いいね

6月に入り、すっかり紫陽花の季節なのです。そこかしこで鮮やかな紫色や紅色の花がぽつりぽつりと咲いており、この目を楽しませてくれるようになりました。鎌倉には紫陽花の名所がいくつかあり、連日観光客で賑わっているらしく、どれその様子を見てみようかと先日北鎌倉にある某お寺を訪ねまして。
寺に至る道にはすでに観光客とおぼしき人たちが溢れており、近隣の施設、カフェやレストランなども賑わっていて、まるでお祭りの様相を呈しており。紫陽花の人気たるや凄いなあと思いつついざお寺に着くと入口でみんなお金を払っているのであり。そうか無料というわけにはいくまい観光施設であるからしてと財布を取り出し「いくらかな、250円くらいかな」と思ったら「大人500円」と書いてあるのであり。「妻と2人分で1000円か」と私は静かに思い、「紫陽花を愛でるだけなのに1000円か」と改めて思い、「そこかしこに咲いている、何ならうちの庭先にもちょっと咲いている紫陽花を見るだけなのに、お寺に入場するだけなのに1000円か」と3度ほど思い、財布を持つ手が軽く震えたのですが、いや待て観光施設にお金を落とすのも地元民の役目であろうと思い直し、入口にて1000円を払っていざ中に入ったのですが、何しろ混んでいるのです。人で溢れかえっているのです。いざ入ると少しずつしか進めないほど人が詰まっているのです。何だここは原宿の竹下通りか、渋谷のスクランブル交差点か、ラッシュ時の山手線かと見紛うほどなのです。そんな混雑振りながらも確かに咲き誇る紫陽花は綺麗なのであり、いざ写真を撮ろうとスマホを取り出すのですが、そこにいる人たちほぼ全員が同じくスマホを構えており、紫陽花の撮り合いならぬ取り合いになっているのです。お互い構図を奪い合いながらカシャーカシャーとシャッター音を鳴り響かせているのです。若い人たちスマホですが年配の方は一眼レフの立派なカメラを持っており。バズーカ砲みたいな50センチはあろうかという長いレンズをシャキーン!と音が鳴るほどの迫力で目の前の紫陽花を狙い、ゴルゴ30のような様相でシャッターを切っているのです。すぐ目の前の紫陽花を撮るのにそんなバズーカみたいなカメラ必要?と思ったのですが、おじさんたちにはレンズが長ければ長いほどかっこいいという美学があるのでしょうか。紫陽花だけでなく美学の花もそこかしこで咲き乱れているのです。
私も一応来たからには(1000円払ったからには)写真のひとつでも撮りたいじゃないとスマホを向けるのですが、どこで撮っても誰かが映り込んでしまうのであり。良い感じのスポットがあるとそこを撮影したい人による待ちの行列が出来ている始末で。若い女子たちが「マジ綺麗なんですけど〜」「やっべ〜速攻インスタあげなきゃでしょ」などとスマホをいじっており、見ればほとんどの人たちがインスタやツイッターに写真を上げて「いいね」を貰おうとするSNSに毒されたいいね亡者なのであり、「いいねはいねが〜、いいねはいねが〜」といいねを求めて彷徨ういいねゾンビなのであり。紫陽花たちはそんなゾンビたちに「これでも喰らえ!」とばかりにいいねの素材をばら撒いており、いいねを巡る熱狂的な市場がそこに形成されているのです。静かに花を愛でたい私には全く良くないのです。「NOTいいね」なのです。
そんな中歩いていると横から若い女子の声で「紫陽花さんありがとう〜」などと言っているのが聞こえ。「え、今花にお礼を言った?」と思わずその方面を二度見すると浴衣姿の大学生くらいのカップルなのであり。「紫陽花さんありがとう」などというファンシーな台詞に面食らった私なのですが、彼氏と手をつないでの紫陽花デートにしたたかに酔っていたのでしょうか。彼氏の方も「お花にお礼を言う感性の女子嫌いじゃないぜ」みたいなまんざらでもない感じなのであり。家族や友人にありがとうを言うよ〜みたいな似非ヒップホップの腐れ外道みたいな歌を私は好まないのですが、こうして天然でお花にありがとうを言う子がああいう歌を支持しているのだなとそのからくりを垣間見た次第です。これだけ混雑した観光地で花にお礼を言うテンションになれる人もいるのですね。彼女からは全身からいいね光線が発射されており、まあそこまでエンジョイしてるならいいじゃないと心のいいねボタンを押した私です。
結局人が多過ぎて落ち着かないので10分もしないうちに寺を出た私たちですが、熱狂のいいね市場を見学出来たのは良い体験でした。ついでに紫陽花ありがとうガールに出会えたのも。あの後彼女は「江ノ電さんありがとう、海さんありがとう、大仏さんありがとう」と鎌倉の風景にお礼を言ったのでしょうか。
帰宅して早速ミル坊に「ミル坊さんありがとう〜」とガールの如く言ってみましたが、きょとんとした顔をするだけでした。どうやらミル坊にとっての「いいね」はおやつのようです。