部屋の中のノマド象

6月は祝日が一日もないと聞いてふとカレンダーを確認してみたのですが、元々祝日に休む生活をしていない自分にはあまり関係がないし、へえそうなんだと日にちと曜日をぼんやり眺めるだけに留まりました。そういえば今月締め切りの仕事が何個かあったなと気付き焦らされ、むしろカレンダーなどじっくり眺めるものではないなと思った次第です。「休日は暦通り」とか聞くとたくさん休めて良いなと思う一方、国が決めた暦に従って休むのも何か癪に触るし、自分が休む日くらい自分で決められる生活が己には合っているなと改めて思ったりします。

ここ最近、寒くなってからずっとさぼっていた運動をまた再開し、海までウォーキングしたり家で体を動かしたりしています。なかやまきんに君youtubeに「世界一楽な筋トレ」という動画があり、なるべく楽をしたい我々は「何だと?世界一楽だとっ?」と即座に食いつき、毎日その動画に合わせて筋トレをしています。この動画、我々のように毎日見ている人がいるせいか再生回数がえらいことになっており、秀でた特技があるというのは大事なことなのだなとしみじみ思いながら運動しています。たまにネタ番組で見るだけだったきんに君を毎日のように見る生活を送ることになるとは。きんに君のネタは元々嫌いではなかったですが、今では筋トレの先生として尊敬の眼差しで見るようになっています。きんに君の「頑張ってあと少し!」の掛け声に「は、はいっ!」と励まされる日々。ちょっと坂を上るだけで息が切れたり、切った傷がなかなか治らなかったり、なるほどこれが加齢というやつかと実感する機会が多くなっているのですが、そんな身体と向き合って生きて行かねばならないのです。

ところで最近話題になっている中国で象の大群が北へ移動しているという不思議なニュース、手塚治虫先生の漫画にそんな話なかったけと思ったのですが、何日か前にこのブログでも象の話を書いたことを思い出しました。英語で「see the elephant」は「経験を積む」という意味だとそこで書いたのですが、実は他にも象を使った面白い慣用句があるのです。「elephant in the room」というのがそれで、「見て見ぬふりをされた問題」「タブー視されている事象」という意味だそうです。部屋に大きな象がいたら絶対に見過ごすことはないという発想から生まれた言い回しだそうですが、世の中には結構たくさんありますよね、そんな事象。明らかに存在するのになかったことのように触れられない問題。今や「五輪は延期か中止すべき」という世論がまさに現政権から見て見ぬふりをされているような気がしてなりません。専門家が「この状況で五輪は普通はあり得ない」と疑問を述べたら「自主的な発言だ」と切り捨て聞く耳を持たぬ姿勢。「いや、そこに象いるんですけど?」と問いたいところですが、邪魔な象はいないことにされているようです。何となく象の大群たちはそんな状況を見て「僕らはここにいるよ〜」と移動しながら訴えかけているのではないかと思ったりしてしまいます。自分に不都合な物はなかったことにしてしまう、そんなものへの疑念を発信しているのではないかと。

そういえばその移動中の象の何匹かが途中酒造所へ立ち寄り、酒を飲んで酔っぱらって寝てしまったというニュースには個人的に親近感が湧いてしまいました。象にも酒好きがいるんかいと。我々と一緒やないかいと。これも現在緊急事態宣言下に於いて飲食店で酒の提供が禁止されている状況に「いや、僕らはお酒を飲むよ!変だものその決まりは!」と疑念を発信しているのかもしれません。アンプ内蔵のギターZ0-3が海外では「NOMAD」と呼ばれていると前にも書きましたが、まさにこの象の移動はノマドそのものです。誰かが決めた場所や暦、そんなものには縛られない自由な象の姿は私にはとても強く美しい存在のように見えます。
大勢の象がどこへ行き何をしようとしているのか。わかりませんが、何だかロマンをかき立てられます。今後もsee the elephantしていこうと思っている私です。

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