綺麗なものにみえてくる、メチャクチャに骨の突き出たビニール傘が

肌寒い雨模様に私は上着のボタンをしっかりと閉め、
傘の下で濡れないように縮こまりながら
10月の始まりをそっと静かに歩いたりしたのですが、
みなさんは如何お過ごしでしたでしょうか。
冷たい雨の日はそれだけで何だかもの哀しいものですね。


通り過ぎる男の子のスボンの裾が
びしょびしょになって多くの雨を含み、
スニーカーがそれを踏みつけて
さらに雨に浸食されているのを見ながら
嗚呼、裾が。裾が雨にやられているぜ。
などと注意したくなったりしたのですが
男の子の方は気にも留めておらず
携帯で何かの言葉を打ち付けるのに夢中になっていて、
私はその様を見ながら
男の子は水たまりも平気で突進するし、
きっとその打っている言葉も濡れても平気なんだろう、
なんて思ったりしたのですが、
裾が雨と同化してる子って結構多く見かけますね。
裾如きで慌ててるのも何だか大人みたいで、
いっそ濡れたまま歩くのが潔いのかもしれない。
なんて思うのですが、私は思わず裾を捲って
雨に気を付けてしまうので
嗚呼、保守的な態度だ雨に対して。
などと反省したりしてしまいます。
まあ別に反省する程の要項でもないのですけど。
たかが雨なんだし。
水なんだし。


「時間はまだ早いはずなのに
人はあわてて駅にかけてゆく
よっと、おかしなかけ声かけて
人は雨の中に舞い降りて行く
けっして開かないパラシュートを
人は肺の中にひとつずつ持っていて
こうして雨の降る夜なんかに
その開き具合をためしてみようとする」
友部正人「日が暮れてからの夕立ち」)