林檎印の蝶

先日マイiPodが突然ひゅううんという妙な音と共にその動きを止め
全く音楽を再生することをしなくなってしまい。
この一連の不穏な流れは以前初代iPodが壊れた時と同様であったので、
私は既視感と共に「今回もか!」と愕然としつつ、
「頑張れ!」「お前なら出来る!」「あきらめるな!」などと
叱咤激励の言葉を掛けたり、胴体を振ってみたり、撫でてみたり、
壊れていないかのように操作し直したり色々試してみたのですが、
やはりiPodくんは中の音楽を再生しようとせず。
それどころか中からカリカリカリという妙な音を発し出し、
まるでこれから脱皮して中から別な生き物が出て来るかの如き様相を呈し、
私はどうせなら中から美しい蝶々でも出てくれば良いものを、
それならば壊れるくらい許してやろう、
相手が美しい蝶々であるならば!と変化を前向きに受け入れようとさえしたのですが、
iPodくんは脱皮もせず蝶々も出さずカリカリカリという不気味なサウンドだけ出しながら
そこに佇むだけのでくのぼうと成り果てており。
普通ならばそこで取扱説明書を紐解き「故障かな?と思ったら」の頁を参照し、
実際に項目を試してみるところですが、iPodくんにはそのような説明書があらず。
なによりも以前に壊れた時と症状が一緒というだけで私はもう故障と判断してしまい、
仕方なくアップルストアに持ち込むことと相成ったのですが、
アップルストアはアップル製品のトラブルを抱えたユーザーでごった返しており。
賑わう店内を見つつ、こんだけトラブルがあるのってどうなの?と思いつつも
「こちらにお並び下さい」と嵐の二宮くん似のイケメン店員さんに誘われ、
順番を待っているとみな「あれが不具合だ」「これが不具合だ」と述べており。
私も意気揚々と「iPodが不具合だ」と告げるべく待っているとようやく番が来て、
店員さんにざっと症状を説明すると「初期化してみましたか?」みたいなことをその人は告げ。
私はそこで初期化という概念を思い出し、「それやってなかった!」と思い、
そんな努力もせずにちょっと動かないくらいで「不具合だ」と意気揚々と述べて、
これで簡単に動いたら嬉しいけどちとかっこ悪いぞと動揺していたら
店員さんは両手でボタンを長押しし、しかるのちにiPodくんは再起動し、
「これで動くかもしれません」と店員さんに手渡されたiPodのイヤフォンに耳を当てれば、
果たして軽やかな音楽が私を包み込むのであり。
それまでカリカリカリと不穏なサウンドのみで音楽を鳴らさなかったでくのぼうが、
さっくさく〜とばかりにご陽気に動き華麗に音楽を再生してやがるのであり、
私は動揺しつつも「あれ、聞こえますねえ」などと言うと
店員さんは「ハードディスクがエラーを起こしていたと思われ」と理由を述べ。
私が「ちなみにさっきの再起動はどうやるんですか」と問うと
「こことここを長押しするんです」と対処法を教えてくれて。
つーか私も長年iPod使用してるけどそんな方法今初めて知ったわ!と
憤慨しつつもまあ治ったのでよしとしようとマイiPodを懐に収め、
すごすごとアップルストアを後にしたわけです。
すっかり振り回されてしまいました、林檎印の箱に。
しかして再びその歴史を刻む運びとなったマイiPodですが、
今後あと何年くらい動いてくれるのでしょうか。
私の音楽を運んでくれるのでしょうか。
坂本慎太郎の「思い出が消えてゆく」を聞きながら
IPodに入れた思い出が消えなくて良かったと胸を撫で下ろした私です。
そしてiPodから美しい蝶々が出て来なくて少しだけ残念な気持ちにもなったのです。
華麗なる林檎印の蝶。
さぞかし美しかろうに。