私、台風一過に

先日、台風一過の澄んだ空を見ながらふと思い立ち、
相米慎二監督の「台風クラブ」を借りて来て見たのですが、
少年少女たちが台風の狂騒に相乗して裸で体育館で踊り狂い、
その後外に出てわらべの「もしも明日が」を歌うというシーンが
何だか私の胸を打ち、無性に泣けてしまったのですが、
あの「もしも明日が」のイノセントな切なさってひどく凶暴で、
あんなに哀しい旋律で歌う必要があるのかと問いたいほどに
希望に満ちた歌詞が胸を刺すわけなんですが、
思春期の子供たちの狂気の無邪気さの象徴のように聞こえていて、
この使い方って巧いよなあとか感心してしまいました。
(歌ってる途中に体育館の電気が途切れ、
「きっと誰かが死んだんだ。」という台詞を言うくだりが
また秀逸なんですよね)
他にもバービーボーイズの曲で踊るシーンもあるんですが
バービーボーイズのギターってジョニー・マーみたいで
実は相当かっこいいし音響として優れているよなあと
映画と関係ない箇所に感心したりしたんですが、
その時流行ってて新しかったから使用されたのかなと思われ、
当時のバービーボーイズの立ち位置が再発見出来たりしました。


しかしこの映画での思春期の躁状態の描写が今見ても鋭利で、
少年が同級生の少女を襲うシーンの表情の無機質な狂い方とか、
変な話、サカキバラとかってこういう表情をしながら
殺人を犯したんじゃないかと見ていて思ってしまったんですが、
金八先生」とかこの映画を見ると中学生って
何て危うい存在なのかと大人の私は思ってしまうのですよね。
実際、少年少女に対比する存在として出て来る教師の年齢が
私と同じだったので、「ああ、私はもうこっち側の人間なんだ」と
それはそれで寂しくもなったのですが、
年齢によって見た時の印象が違うものなんだなと思ったりしました。
名作ですので興味ある方はぜひ見てみると良いかと思います。


それにしても今日は肌寒かったですね。
夏がもうとっくに終わってしまったかのような。
まだ始まってもいないよ、と誰かに言って欲しいところですが。


「まだ何も始めちゃいない俺たちに
あしたがあるというおそろしさ」(枡野浩一
ということで。
明日は晴れでしょうかね。