コーヒー缶ぶるーす

仕事で新宿の伊勢丹という老舗デパートメントに
この寒中、連日赴いておるのですが、
始め伊勢丹を目指す道すがらにおいて
何だか周囲の風景に異変を覚え、
果てここは新宿ではなかったか、
場所を間違えたかと己の行動に疑いを抱きつつ見やると
伊勢丹前にあった丸井のビルが丸々なくなっていたのであり、
いつの間にそんな事態になったのだ、聞いてないぞと
丸井の関係者に問いつめたい衝動にも駆られたものですが、
巨大な建造物が姿をなくすと風景に異変を齎すのだなと
改めて認識するに至った次第です。
まあ2日目からは慣れましたけどね。
丸井はヤング館とかメンズ館とか高木完とかコーヒー缶とか
色々あって丸井素人の私には判別が困難なのですが
伊勢丹前に新しく建て直されるのでしょうか。


ところで世の中エコだ簡易包装だと声高に問われる昨今、
私なんかも常に出歩く際はエコバッグ持参で
「そのままで良いです」と商品の包装及びレジ袋を断固拒否し、
「そのままで良いです」の言い方も堂に入ったものであり、
「そのままで良いです」を言うバイトがあれば即それに就き、
時給もあっという間に1500円くらいまで上がる程
「そのままで良いです」に熟練の極みを見出してる程なのですが、
伊勢丹の暖かみのある配色のチェック柄の買い物袋は
その受け取りを拒否することを抗えぬほど魅力的なのであり、
「そのままで良いですけどその袋は下さい」と
思わず舌の調べに乗せてしまう勢いなのですね。
お客さんもあの袋を持ち歩くことで
「買い物をした!伊勢丹で!」という満足感を得るのであろうから
ある程度の買い物にはあの袋は付加せねばならないサービスだろうと
私は思ったのです、この数日。
伊勢丹にて。

伊勢丹ぽいチェック柄を可愛く着こなす女子を見ると
伊勢丹ガール」と勝手に命名してしまいたくなるのですが
私は結構好きです。伊勢丹ガール。


そんな私は今日、休憩時に温かいコーヒーなど嗜み
身も心も温まろうなどと思案した際、
いざ目前に自販機を見やりつつ貴重なる120円を投入するも
その余りに雑多なる種類に思わず目を奪われ、
何にすべきか迷いつつなぜだか妙に焦り、
ふと目に付いた「挽き立て」なるタレントの大泉洋
CMで「ひきたてー」と何だか面白気に
爆風スランプの替え歌で宣伝しているコーヒーのボタンを押し、
さて温まろうと取り出し口からそれを出そうとした瞬間、
思わず「ひえぇ!」と声を上げてしまうという
不測の事態に見舞われたのですが、
それは「あたたか〜い」が乱立するコーヒーの棚の中にあって
唯一、寂しく紛れ込んだ迷子のようにぽつねんと存在する
「つめた〜い」の欄のコーヒーだったのであり、
私は間違ってよりによってそいつをチョイスしてしまったのでした。
何でなの?
何できみだけ冷たいの?
それに触れた際の感覚は「つめた〜い」というよりも
「冷た!」といった類いのものであり、
身も心も温まる計画がその瞬間崩落し、
心の折れた私は盗んだバイクで走り出したくなるよりも
盗んだバイクで走り出す輩を捕まえては
「このバイク泥棒、バイクを返せ、そして死ね!」と
その愚行を諭したい衝動に駆られ、すべては大泉洋のせいだ、
諸悪の根源は彼にあるのだと決め込み、
彼に「水曜どうでしょう」と問われた場合、
「水曜はだめでしょう」と応答し、
「土曜はどうでしょう」と逆に提案したい衝動に駆られたのですが
つめた〜いコーヒーの齎したこの世の終わりの如き哀しみは癒えず、
私は湖水に映る星の煌めきを携えたかのような一粒の涙を落とし、
「さむいよう、ハートがさむいよう」と
咽び泣いたのでした。
ひとりで。
伊勢丹で。