独奏IN THE LIFE

先日、終電近い時間帯の地下鉄のホームで電車を待っていると
何やら微かにピアニカの音色が聞こえて来て。
有線か?と思ったのですがホームに有線が流れてるわけないですし。
ピアニカは私がよく演奏する楽器のひとつなので気になったわけです。
音の出所は何処であろうかと。
ストリートミュージシャン的な若人が調子に乗って演奏でもしているのかと
その音のする方へホームをてくてく歩いていくと、
端の方にくたびれた感じのスーツ姿のサラリーマン風のおじさんがいて。
白髪まじりの50代くらいのおじさんなんですが。
その人が何故か壁に向かってひとりでピアニカを吹いているのです。
それも戯れに吹いてる感じではなくちゃんと旋律を奏でているのです。
地下鉄のホームなので自然なエコー感も相まってなかなか良い独奏なのです。
私は思わず「うちのバンドでピアニカ吹かないか?」とスカウトしそうになったのですが、
そのおじさんの背中が余りにも哀愁に満ちており、
とても声を掛けるような雰囲気ではないのですね。
まるでピアニカで泣いてるかのような風情で。
ここ最近「男の背中」づいてる(?)私ですが、こりゃあモノホンですよという感じで。
終電近くで結構人がいっぱいいたんですが他の人はちらっと見るだけで気に留めてない風で。
これが歌声だったら耳に障るし目立つんでしょうが、
意外にもピアニカの独奏が良いBGMになってて誰もおじさんに注意を払ってないのです。
私だけがそのひとり演奏会を後ろから眺めているような状況で。
このおじさんは何故にピアニカを持っていて駅で演奏するに至っているのか、
ピアニカが趣味で移動中にふと無性に演奏したくなってしているのか、
ホームで演奏するという罰ゲームでも受けているのか、
(どんな罰ゲームだ)
色々想像してるうちに電車が来てしまったのでその後の行方を見られなかったのですが、
おじさん、その電車にも乗らずにずっと演奏していたのですよね。
ひょっとして終電にも乗らずにあのまま延々ピアニカを演奏していたのではないか、
駅員さんが「もう電車ないですよ」と声を掛けるまでピアニカで泣いていたのではないかと
私はふと思ったのですがどうだったんでしょうか。


あのおじさんには別れて離ればなれで暮らしている奥さんと子供がいて、
その子供(小学生の女の子)に久々に会えるというので
お土産に「音楽が好きな子だから」とピアニカを買って持って行ったら、
その子が真新しい、自分が買って行った物よりも高価なピアニカを演奏しているので、
「あれ?そのピアニカどうしたの?」と聞くと
「新しいパパに貰ったの!」と言われ驚いていると、
元奥さんから「今度再婚することになったの。あの子も凄く懐いていてね」と言われ、
「そ、そうか、お前達が幸せになるのなら俺は構わないさ」と動揺しつつも強がり、
背中にそっと娘に買ってあげたピアニカを隠し、
自分以外の男が買って与えたピアニカを喜々と演奏する我が娘の姿に
「良かったなあ」などと明るく声を掛けたものの、心の中では泣いていて。
それを持って帰る道中に駅のホームでふと「ああ、ピアニカ渡せなかったなあ」と思い、
一緒にピアニカを吹きながらお歌を歌って遊んだ幼き日の愛娘の姿が目に浮かび、
「あの子はもう俺から離れてしまったんだなあ」と実感し、
包み紙をバリバリ破き、自らそれを演奏するに至ったのではないでしょうか。
あげられなかったピアニカを。
もう娘ではなくなった娘の為に。


というのは全部私の想像ですが、
誰に聞かせるでもなく自分のために楽器を演奏したくなる瞬間てあるもので。
おじさんのはまさにそのような雰囲気だったのです。
不意に奏でられる音楽のような。
そしてそのおじさんの演奏は妙に私の胸を打ったのです。


私は誰かが日常に於いて不意に鼻歌を歌ったり、
何かしながら何かの旋律をハミングしているのを聞くと良いなあと思ってしまうのですが、
自分のために演奏したくなる瞬間てそういう瞬間だと思うのですよね。
女の子がそういうハミングなんかしてると可愛いなと思ってしまうのです。
「その音楽ちょっとちょうだい」とキスしたくなるほどで。
(口移しで貰えるわけでもないですが)
私の姪もよく何の歌かわからない旋律をひとりで口ずさんでいます。
そういう個人的な音楽にふと胸打たれる度に、
自分もこういう風に音楽を作りたいものだと思ってしまうのです。



そういえば前に電車の中でひとりで「夜空ノムコウ」を歌ってる人を見かけたことがあって、
それも何だか妙に心に残ったのですよね。
http://d.hatena.ne.jp/fishingwithjohn/20080121
音楽は不意に訪れるものなのです。