私、小沢健二を見て

ゴメス山田氏が「チケあるから行く?」と誘ってくれたので
NHKホールに見に行ってきました、小沢健二を。
何しろ13年振りのライブです。
色々な思いはありました、見る前から。
不安とか期待とか諸々。
以下、ネタばれしまくりでライブの感想をざっと書きますので、
詳細を知りたくない方はご注意下さい。


ライブ見る前にセットを見て内容は知っていたので予想はしていたんですが、
約3時間のボリュームで凄いライブでしたね。
正直初っ端から「感動!」「かつての王子様が帰って来た!」と
すんなり受け入れたかというとそうでもなく、
何かしらの違和感というか戸惑いのような感覚が残ったまま途中まで見てたんですけどね。
ずっと音信不通でたまに手紙だけ寄越すお兄さんが突然帰って来て
あれ、昔のままだよね、でもちょっと違うか、でも昔のままだ、みたいな
13年のブランクによる探りをこちらは用意しているのに
向こうはまるでそれがなかったかのように立ち、語り、妙なダンスをし(笑)、
シナリオ通りに朗読から曲へ行って朗読へという構築されたステージを展開していて。
しかも宣言通りに昔のヒット曲を連発しているし。
周りの客もそれが当たり前みたいに振り付けも合唱も当時のまま完璧だったりして。
このすっぽり抜けた13年に触れずにそのままで行くんだ?という感覚はあったのですよね。
13年振りに目の前に現れた彼の歌声を受け入れるのに時間がかかったというか。
正直序盤では語尾の妙なビブラートとか、あやしいピッチとかも気になってしまって。
(まあ全盛期の頃も歌はそんなに巧くなかったですけどね)
天使たちのシーン」の節回し変えちゃってるのも
何だか気になってしまったんですけどね。
あんたボブ・ディランかって感じで。
しかしバックの錚々たるミュージシャンの確かな演奏と温かい雰囲気や、
(隣で笑顔で踊り歌っていた真城さんの佇まいがハッピーでとにかく良かったです)
朗読以外の素のトークが垣間見れたりなどしてるうち、
何だかそんなことも気にならなくなって来て。
何よりも彼は力強く歌唱していたのですよね。
己が90年代に残した名曲を。
そんな彼の楽曲の素晴らしさが素直に私の中にすとんと入って来て。
懐メロ化していたらどうしようという心配など無用というか、
彼の楽曲の普遍性の高さに私は改めて心打たれてしまいましたね。
13年振りのブランクなどと戸惑っていたこちらの心境を
いとも簡単に打破したのはやはり他でもない楽曲の力で。
名曲の連発っぷりに私の心は震え熱情が跳ねっ返り、
彼のアーバンブルーズへの貢献に神様はいると思ってしまった次第です。
特に「強い気持ち・強い愛」の筒美京平先生のペンによる高揚感溢れるメロと
彼の力強い美しい言葉の畳み掛けには落涙を禁じ得ませんでした。
人の歌を聞いて感動して泣いたのは何年振りでしょうか。
個人的にはこの歌を聞けただけでも来て良かったと思いました。
何だかもやもやとしながら見てたので何でしたが、
冒頭の暗闇で朗読されるニューヨークの停電の話という、
音楽の力についての話がそのままこのライブの決意というか宣誓になっていて、
(あれは登場を勿体ぶってたのもあるんでしょうが暗闇でこそ意味があったとも言えます)
そこから「僕らが旅に出る理由」で明りが点くというオープニング、
(13年も旅に出ていた彼のエクスキューズなんじゃないかと思いました)
「新しい視線で見慣れた風景を見ること」と語られる今回のテーマのような言葉、
さらには文明社会批評のような内容の朗読の後に「カローラ˘」やったり、
笑いとは微妙な感覚の共有という話から「シッカショ節」へ突入したりと
心憎いばかりに流れがしっかり出来ていたステージングでしたね。
笑いの話からシッカショ節というのも
この人長く外国にいた人なんだなあという感じでしたけどね。
彼が渡辺満里奈と一緒にダウンタウンのガキ使を観覧に来ていたという
かつての90年代の噂話を思い出したりしましたが。
当時はダウンタウンオモロいよね、くらいの笑いの共有が
13年経てシッカショ節になるというのも面白いですけどね。
日本人という括りで相手してますもんね。
今後大瀧詠一路線に行くのかと思いましたが。
(優れたポップメイカーは音頭に走るという定説が生まれそうです。)
長く外国にいて日本を見直すという姿勢なのか、
今回のタイトルのひふみよといいシッカショ節といい、
「日本に帰って来た」という表明と捉えて良いのでしょうかね。
英語の歌詞を全部日本語に改変するという徹底ぶりは相変わらずだと思いましたが。
(当時フリッパーズギターという単語をことごとくカットさせたという
言葉狩りの真相は明らかではありませんが)
しかし「我は道を行く」とか「完璧な絵に似た」とか、
当てはめられた日本語の音感、意味共にこの人の言語センス凄いなと感心しましたね。
朗読もユーモアに富んでるし何しろ言葉ひとつひとつが素晴らしいのです。
この人の楽曲の普遍性の大部分を担っているのも歌詞なんじゃないかと思うのですよね。
新曲「いちごが染まる」もまず歌詞の日本語の美しさが耳に入ってきましたしね。
(この日アンコールで2回目に聞いてメロも良いなと思いましたけど)
果実をメタファーとして用いるの巧いですよねこの人。
いちごが染まる赤の色彩が描き出されるイメージの構築が見事だと思いました。
この歌、ちょっとエロさも感じましたが歌詞を全部読んでみたいです。
完璧な絵に似た、という言葉ひとつで完璧な絵をホールに描き切る言葉のマジック。
しかも1時間前に客に練習をさせておくという周到ぶり。
小沢健二恐るべしという感じでしたね。
恐るべしといえば「ブギーバック」でスチャダラのパートをまるまる空けていたのも
お客が歌うという確信があったからでしょう。
実際ラップのパートを全部諳んじる観客の姿は完璧な絵以外の何物でもなかったですね。
(私も一字一句間違いなくラップ出来ましたけどね)
この日は客席にスチャダラメンバーが揃っていたそうですがどういう気持ちで聞いていたのでしょう。
(次の日飛び入りしてラップしたそうですけどね。)
あと「僕らが旅に出る理由」でポール・サイモンの引用をカットしていましたが、
あれも新しい気持ちで臨むという現れだったのでしょうかね。
「僕らが旅に出る理由」といえば私はこの歌を知人のN嬢の結婚パーティーで歌ったことがあり。
また偶然にこの日そのN嬢も会場に見に来ていたのですよね。
個人的な話ですけども。
N嬢の「オザケンが見れる!」というはしゃぎっぷりを事前にツイッターで見ていたので、
この歌を聞きながら「N嬢はどういう気持ちなんだろうか」と思いつつ、
お互い13年も年取ったのかと年月の経過に想いを馳せたりしてしまいました。
そしてまたこの歌が13年分の深みを伴って聞こえたのですよね。
バンドの再結成とか復活とかここ数年多かったですが、
私はそういうのって何だか悪くないんじゃないかと思うのですよね。
年月を経た者同士が客席でかつて聞いていた同じ歌を再び聞くという行為。
歌の意味も聞こえ方もまた深まったりするでしょうし。
今回のオザケンのライブでそういう歌を介した再会なんか
かなり多かったと思うのですよね。
そういう時間の経過が会場に溢れていたと思うのです。


今後彼が日本で定期的に活動するのかわかりませんが、
彼の旅人然とした、地に足の着いてないような佇まいも
冒頭の私の違和感と通じているような気もちょっとしました。
あまり小沢健二と関係ないかもしれませんが、
私はタレントの野沢直子をちょっと思い出してしまったのですよね。
普段アメリカに住んでいてたまに日本に来てバラエティに出ている彼女の
ある種の浦島感というか特別扱い感というか、
微妙に外タレ風情だけど日本人という立ち位置。
面白いんだけどこの人一時期的に日本に来ているだけだ、みたいな感覚。
そこには「日本で地道に頑張ってる芸人さんもいるのに」
という気持ちもあるのかもしれません。
それこそ元相方の小山田氏は日本で着実にキャリアを重ね、
海外でも活躍し、定期的に新しい音楽を提示してくれているわけで。
バンドを率いてツアーもこなしていますしね。
まあオザケンもアルバムこそ出していましたけどね。
しかし13年も人前に出ていなくてこれだけ動員出来るのだから凄いですけどね。
それだけみな小沢健二の才能を確信しているからでしょう。
次のツアーがいつになるかわかりませんが、
(また5年後10年後とかもあり得るかもしれませんが)
彼の楽曲が時を越える普遍性を持っていることを再確認出来て良かったです。
バックで流れてた映像が素朴で編集も粗かったとか
(曲とまるで合ってない映像もありましたね)
ツッコミどころは結構ありましたけどね、今思い返しても。
台詞噛み過ぎじゃないの、とか(笑)。
「ある光」こそフルコーラスやってくれよとかの不満も。
それも含めこれだけ感情が色々と動かされるライブは初めてだったかもしれません。
何だかんだいっても私は小沢健二のファンであるのだなとしみじみ実感しました。
エンディング、再び「流れ星ビバップ」が今度はオケだけ流されて。
私はそれに合わせて心の中で歌詞を諳んじていたのですが、
奇しくもこの日は6月9日のロックの日だと思い出して。
この歌の中の「激しい心をとらえる言葉をロックンロールの中に隠した」
というフレーズが再び私の心を強く打つのを感じました。
再び私たちは思いを凝らすのでしょう。
流れ星が静かに消える場所で。


そんな終演後、何となくこの日の記念を手にしておきたかったので
長い列に並んで彼の著書「うさぎ!」を買いました。
列に並ばないことで名の知られた(どこでだ)私が並ぶとはえらいことです。
並んでる間山田氏を待たせっぱなしで悪いことしましたけどね。
おかげで無事ゲット出来ました、豪華箱入りの「うさぎ!」。
帰りに山田氏が「実は俺の席6列9番だったんだよ」と教えてくれました。
そんなプチ奇跡が隣で起きていたとはつゆ知らず。
僕らは歩くよ、どこまでも行くよ、誰かと会うとしたらそれはそうミラクル、
と思わず口をついてしまいました。
これも「夏の日の魔法」なんじゃないでしょうか。