ロンドン旅 その7 アビーロード巡礼

そんなわけで断続的に書いて来たイギリス滞在記も8日目となりまして。
(以前書いた記事は先月分のところでお読みいただけます)
今回の旅は嫁の買い付けが中心だったんですが、
ここらで私の行きたいところにも行ってみようじゃないのということで、
行って参りました、アビーロードへ。
あのビートルズが数々のアルバムを録音したスタジオのある通りへ。
アルバム「アビーロード」のジャケでビートルズ4人が渡ったあの有名な横断歩道のある場所へ。


アビーロード」を初めて聞いたのは私が中3の頃ですからもうかれこれ25年は経つでしょうか。
私が音楽に目覚め、自分で楽器を演奏しようと思い立ったのはビートルズがきっかけで、
それから25年の間、折に触れ聞き返して来た自分のルーツとも言える存在の「聖地」である
あのアビーロードを訪れる機会が己に与えられるとは!と私は興奮し、
事前に横断歩道を渡る練習まで行い(4人のどのパートでも出来るよう気持ちを作り)、
1曲目の「カム・トゥゲザー」の「しゅっ!」というジョンの発音から
ラストの「ハー・マジェスティ」の「まーい」のポールの発音まで脳内再生出来るようセッティングし、準備万端で臨みまして。


地下鉄に乗ってアビーロードのあるセント・ジョンズ・ウッド駅に着いて降りると、
まあごく普通の街なのですよね。
一応ビートルズカフェみたいな申し訳程度のコーヒーショップも駅に併設されてはいるんですが、
普通のオフィス街という風情で。
「ようこそビートルズの聖地へ!」みたいな横断幕くらいあってもいいのになーと思いつつ。
が、いざ閑静な通りをアビーロード方面に歩き出し、
「あ、あの辺じゃないかな」と見やるとそこには異様な光景が展開されていたのです。
ジャケの舞台となった横断歩道の周囲だけ異様な人だかりが出来て、
まるでお祭りのような様相になっているのです。
何てことない平日の昼間なのにです。
別に祭りでも何でもないのにです。
全世界から集まったとおぼしきビートルズファンたちが横断歩道を渡り、記念撮影をしているのです。
私は急にテンションが上がり、「わ、あそこだ〜!」と今回の旅イチの大声を出し駆け寄り。
アビーロード前の横断歩道と25年越しの対面を果たしたのでした。
まあ本当に何てことない横断歩道なんですけどね。
とりあえずアビーロードスタジオを拝み外観を撮影し(勿論中には入れませんので)、
「嗚呼、ここでビートルズがレコーディングを!」とひとしきり感動し、
中学時代の自分に「ようやく現場に来られたよ」とメッセージを送り、
ビートルズと時空を超えて同じ空気を吸おう」と深呼吸をし。
ひとしきりアビーロードの空気を楽しみました。
スタジオの外壁には全世界のビートルズファンからのメッセージや名前が書かれていて、
みなそれぞれの想いを綴っているのですよね。
日本人による「夜露死苦」だの相合傘の下に書かれた「みーくん、えっこ(らぶ)」みたいな
所謂ファンシー落書きがないか心配になったのですが、見たところなさそうで安心しましたけどね。
(イノトモさんに聞いたらこの2週間前に同じくアビーロードスタジオを訪ねて
ここにイラストを書き残して行ったそうです。見付ければ良かった!)
そんな落書きを眺めつつも、やはりここに来たからには記念撮影なのです。
かせきさいだぁがラップするところの「アビーロード風に歩こう」なのです。
(ちなみにこのフレーズの元ネタはますむらひろしさんなんですけどね)
見ると誰しもがジャケを再現せむと横断歩道を渡り撮影をしているのですが、
何しろここは交通量が多いのですよね。
信号も付いていないのでガンガン車が往来するのです。
呑気に撮影しているとドライバーたちが
「てめえ轢き殺されてえのかばかやろこのやろめ、どけどけどけ〜」と、
往年のいつもここからのネタの如く容赦なくクラクションを鳴らすのです。
中には「ああ、また撮影大会かい、はいはい」みたいににこやかに待ってくれるドライバーもいるのですが、
大抵は「もうどけよ!ビートルズファンまじうぜえし!」みたいに苛ついているのです。
私はそれを見ながらどう冷静に考えてもあんたらが一日に稼ぐ金額の数百倍はこの横断歩道の方が稼ぐんだから
経済的観念から見てもあんたらの方が少しは譲れよ、この横断歩道の動員力、
ひいてはビートルズファン舐めんなよ馬鹿野郎、と思ったりしたのですが、
まあ実際毎日運転してる人からしたら鬱陶しいのでしょうね。
単純に危ないですしね。
しかしビートルズファンたちは如何にドライバーを避けながらレベルの高い撮影が出来るか試みていて、
もうある種競技化してる様相なのですね。
うまくポーズを取って撮影出来ると周囲から「おまえらよくやったな!」みたいに嬌声が上がったり。
ジャケを再現するには基本4人必要なのでそれ以下の人数の人は協力しあったりという図が生まれ。
かくいう私もちょうど前に3人組の若者がいたので一番後方にしれっと混ざり横断し、
それを嫁に撮影して貰い、ジョージのポジションを得ることに成功しまして。
まあそれまでにも最初は単独で撮って、次は知らないおじさんの後ろに付いて、とか、
そこに至るまで何回も撮影したんですけどね。
何しろ車が激しく通るからチャンスがあれば果敢に行かないと撮れないのです。
本当にゲームの如き要領で。
そんな風に何回も果敢に渡っていたら日本人とおぼしき人に「日本人の方ですか?」と話しかけられて。
見たところ50代くらいのシュッとしたおじさんで、
THE WHOのバッジ着けたりしていかにもロック好きな感じで。
聞くところによるとそのおじさんはひとりで来ているそうで、
リヴァプール経由でここに来たという筋金入りのビートルマニアの方なんですね。
おじさんは「ひとりだと写真撮れないので撮影お願い出来ますか?」とのことで、
我々に撮影を依頼して来て。
確かに横断歩道を渡る図は自撮りでは無理ですからね。
そんなわけで今度はそのおじさんと私とで一緒に横断し、それを嫁に撮影してもらいまして。
それも数テイク撮りましたけどね。
その方は京都で活動しているギタリストなんだそうで、
「私もギタリストなんですよ〜」なんつって交流をしました。
「いやーここに来るのが夢でねえ〜」と遠い目をしていたのが印象的でした。
(夢の叶った人を間近で見ることが出来ました)
さらには韓国人とおぼしき女子2人組にも「撮影お願い出来ますか?」と頼まれ、
彼女らが横断するところを撮影したりして。
その後も何だかんだで往復し、結局50回くらいは渡りましたかね。
人が一生のうち横断歩道を渡る回数が決められているのなら
そのほとんどをアビーロードで使用したという感じです。
しかし国籍も年齢も性別も違う人々がビートルズという共通項だけで全世界から集まり、
こうして横断歩道で協力し合って楽しく自発的に撮影大会をしている様を見ていると
ジョンの夢見た世界平和ってここに存在してるじゃん、と胸の熱くなる想いがしましたね。
何のアトラクションも見せ物もない、音楽さえ鳴っていないこの場所で
人々がかくも笑顔になれるというのは凄いことだなと。
まあきっとあそこを渡った人はみな100%心の中でアビーロードを再生していたことでしょうから、
そういう意味ではあそこにはたくさんの音楽が満ちていたと言えるのかもしれません。
裸足に右手に煙草という完全ポールスタイルの若者がいたり、
修道院の服装で4人揃えて来た一行がいたり、
アビーロード大喜利は世界規模で展開されておりました。
私はそれを見ながら素晴らしいことじゃないかとしみじみした次第です。


アビーロードを見た後はまたどこかの駅に移動して色々見たんですが、
(駅の名前は忘れてしまいました)
大して面白くもなかったし、すぐに帰りました。
結局何の変哲もない横断歩道が一番エキサイティングで心に残りました。
ビートルズを初めて聞いた25年前にはこうして自分が
ジャケット写真に映っている現場に足を運ぶなんて夢にも思いませんでした。
そういう意味では私が渡ったのはアビーロードに至る横断歩道でもあり、
夢の向こう側に至る歩道でもあったのかもしれません。
なんてことを思いつつ。
次回はリヴァプールかなあと想いを馳せながらその夜は眠りにつきました。
「ゴールデン・スランバー」の美しき旋律を耳に思い出しながら。