風立ちぬ、蛍とシャーロック

軽井沢猫町ギャラリーでの招き猫の個展も終了しまして。
少し早い避暑の日々から東京に戻って参りました。


ギャラリーのある油やの斜め前に堀辰雄文学記念館があるので見学したんですが、
堀辰雄がその油やに長期滞在して「風立ちぬ」を書き上げたことなどを知り、
知らずに初日はその余りの古い旅館振りにドリフの30分コントの舞台みたいだなと思い、
「五十嵐、うしろー、うしろー」と背後に忍び寄る者を恐がっていたのですが、
それが堀辰雄の幽霊であるなら別に恐くなかったなあと思い直した次第です。
彼が頻繁に軽井沢を訪れるうちここを終の住処として住むことになった経緯や、
芥川龍之介室生犀星立原道造などとの交流を詳しく知るに至りました。
この記念館、所持品の展示や書斎を再現してあったり、芥川、室生、道造との書簡も見られたり、
見応えあって面白かったですね。
特に書簡などはこんな些細なやりとりを手紙で行ってたのかーと大変興味深く。
全員字が丸っこくてフォントのように可愛く、流石文豪は手紙も絵になるなあと感心した次第です。
今だと作家同士のやりとりも電子メール内なので、記念館に展示するのも味気ないんでしょうけどね。
ちょうど宮崎駿監督の「風立ちぬ」を見ていたので、
展示を見ながら彼の軽井沢での生活のイメージが鮮明に浮かびました。
これを機に堀辰雄をじっくり読み直してみようと思った次第です。


しかし東京に帰って実感したんですが、軽井沢はやはり涼しいのですよね。
朝晩などは気温が10度近くも違ったんじゃないでしょうか。
軽井沢では毎朝近所を散歩して用水路に流れる水の音を聞いたり空に広がる夏雲を仰いだり、
木々の木漏れ日に目を細めたり鳥の声を聞いたりして(かっこうの鳴き声を久々に耳にしました)、
早くも夏休み気分を味わってしまいました。
周りのお店も夕方になると閉まるし、自然に囲まれてるとネットに繋ぐ気も起こらないので
ここにいると社会からしばし離脱した気分になれるのですよね。
堀辰雄が作品を書き上げるのにここを選んだというのもよくわかりました。
シャーロック・ホームズを翻訳した延原謙がこれまた油やで翻訳作業を行ったそうで
近所にホームズ像も建っていましたが、詰めて作業するには向いている土地だなと思った次第です。
また避暑に来たいものです、油や。


板東さんには軽井沢の美味しいお店などにあれこれ連れて行っていただき、
すっかりこの街を堪能してしまったのですが、ハイライトはやはり蛍巡りツアーですかね。
軽井沢の塩沢村には未だ蛍が生息する場所があり、見学出来るツアーがあるのですが、
そこに展示最終日、板東さんに連れて行っていただきまして。
ツアーの起点となる場所に車で行くと専用のバス乗り場があり、
それに参加者が乗って蛍の生息する川べり近くに向かうのですよね。
(多分個々が勝手に車で乗りつけると環境が乱れて蛍に良くないせいでまとめてバスで行くのでしょう)
バスから降りると今度は2列に並ばされてさらに提灯を持たされて。
灯りもない暗い細い道を提灯を頼りに行進して行くのです。
参加者は50人(!)近くはいましたかね。
そんな大人数が川べりの細い道をわらわらと歩いて行くという。
端から見たら死者の行進みたいな状況だったんですが、
暗闇を静かに歩き出すともうすでにそこらに光が舞っているのですよね。
それがもう紛うことなき蛍なのです。
「わあ、本物だ!」と思わず声を上げてしまいましたけどね。
天然の蛍を見るなんて何年振りというか、記憶にないくらいのことですよ。
蛍の光は淡いというより割とはっきりした色彩の光で。
まさしく蛍光灯の灯りと似たような輝きで。
「蛍光灯」とはよく言ったもんだと感心した次第ですけどね。
そんな光たちが草むらを舞っているのです。
これは感動しますよ。
卒業式や店の閉店時に耳にする楽曲「蛍の光」ですが、
実際の光はそんな大仰な感じではなくささやかで可愛らしいのです。
夜の闇に点を打つ感じで。
実に幻想的で儚げで思わず見とれてしまいましたね。
やがて10分くらい歩くと行進は細い道のどんつきまで来て。
そこが一番たくさん見られるスポットなのです。
そこではかなりの数の蛍が闇に舞い輝き。
水音の爽やかさ含めその様はとても涼し気で、かなり心に沁みる光景でした。
ふわりと飛び立つ夏の光たちは勿論写真には映らないのです。
肉眼に焼き付け、心に保存するしかないのです。
夏の思い出としてバシバシ心に保存した私です。
ほたる〜、と田中邦衛の物真似を密かにしながら(名前つながりだけですが)光を眺めました。
軽井沢の7月の夜に。
蛍と堀辰雄シャーロック・ホームズ
猫町の展示はそんな印象を残して終わりました。


次の日も少し時間あったので東京行きのバスに乗る前に軽井沢タリアセンに立ち寄り、
ペイネ美術館を見学したり軽井沢高原ビール飲んだりしてゆっくり出来ました。
夏の始まりを涼しく過ごしたのでこの先の暑さは大丈夫だろうかと少し不安にもなりますが、
まあ大丈夫でしょう。
いよいよ。
夏も本番です。