9月の猫ウォッチ

自宅から駅までの途上に一匹の猫を飼っている家があり、
その家の駐車場に毎日のように寝ている猫の姿を確認するのが日課になって久しいのですが、
その猫、山田家のポチに似た三毛柄ながらだいぶ薄汚いというか、
前は野良だったのかなと思わせるような年季の入った風体で、
一緒に飲みに行ったら「ほら、私も叩けばホコリの出るオンナだから」とか言いそうな、
何だか過去に色々あったかのような雰囲気で、
私は密かに「ポチ汚(ぽちお)」と名付けて「あ、今日もいるな」などとウォッチしていたのですが、
このポチ汚、大抵は寝ているのですが10回に1回くらいは起きていることもあり。
まあ起きてても何をするでもなくただ空を見つめるばかりで、
「ザ・何もしてない人」といった様相で(人じゃなくて猫ですけど)、
「何もしてないオブ・ザ・イヤー」があったら大賞受賞だなと思いつつ
舌をチッチと鳴らして気を引こうと試みたりするのですが、勿論向こうはガン無視で。
周りの世界など眼中にない様子なのですよね。
孤高とでも称したい佇まいなのです。
そんなポチ汚なんですが気にかけてウォッチしているのはどうやら私だけではないらしく、
これまで数人の人がポチ汚とコミュニケーションを取ろうとしている様子を私は目撃しており、
何だあいつ思ったよりも人気者じゃないか、
私だけのポチ汚じゃなかったんだと軽い嫉妬のような思いも抱いたのですが、
まあそもそも私が飼ってるわけではないわけでそれも仕様なく。
クラスの男子同士で好きな女子誰だよトークになった際に
「んー俺はポチ汚かな」
「え?実は俺もだよ〜」
「え、お前たちも?俺もあいつ可愛いと思ってたんだよ〜」と、
意中の女子が意外に人気者だった時のような状況で「実は俺も」と言い出しにくく、
今後は黙ってそっと遠くから見ていよう、
放課後の校舎の片隅でテニスコートを舞う彼女の姿を屋上から眺めるテンションで。
などと思いながら日々通りすがりに眺めているのですが、
何しろポチ汚は大抵寝ているか何もしてないかその2択しかないのであり。
しかし寝ているか何もしてないような者がそれだけ人々の気を惹いているという事実に
猫の愛されパワーって凄いんだなあと改めて感心してしまった次第なんですけどね。


ところで山田氏といえば愛猫ポチを亡くして傷心の日々を送っていたところ、
ある日自宅庭にポチそっくりの仔猫が迷い込み、野良であったその子を1週間かけて手なずけ、
いよいよ新しい飼い猫として迎え入れるようになるまでのドキュメントをブログに綴っており。
http://toshiakiyamada.blog.jp
まるで天国にいるポチが傷心の山田氏を見兼ねて
「もうしょうがないなあメソメソしやがって。私の代わりにこの子を置いていくよ!」と、
自分そっくりの仔猫を置いて行ったのではないかと想像し得るお伽話のような出来事で、
私はこんな奇跡みたいなことがあるんだなあと感動しながら
ポチそっくりの仔猫が山田家に迎え入れられるまでのドラマを眺めていたのですが、
実際こんなことがあるのですね。
写真を見る限りポチ実と名付けられたその子は無垢で可愛らしく、
ポチ汚とは全然違う風体でしたけどね。


毎日ポチ汚の寝ているか何もしてない姿を通りすがりに眺めながら、
あの子も色々あってここに至っているんだろうなと思い、
機会があれば一緒に飲みに行き、
「若い頃はさー、私も浮ついててさ。男に騙されてさー」なんて彼女の半生を聞きながら
熱燗でも飲みたいものだと思ったりした次第です。
まあおそらく彼女は猫舌なので熱燗ではなく冷やを飲むんでしょうけどね。


夜が腰をおろした9月の帰り道、薄暗い駐車場に孤高の様相で佇むポチ汚を見ながら
彼女は寝ているか何もしてないわけではなくただただ生きているのだとふと気付き、
そうかそういうことかと合点がいく思いでした。
みんな同じなのですね。
暮らしの途上で。