うぐいす千里

2月も終盤に近付き、夜の匂いに春の気配を感じるようになりました。
この冬と春のブレンドされた独特な空気の中に立つ度に
大学に入学したての頃の風景や気分をいつも思い出してしまうのですが、
これは40を過ぎても学生気分が抜けてないという証拠なのでしょうか。
余程大学に入学したことが春の出来事として自分の中で大きかったということでしょうか。
新歓コンパに参加するのに教室の前で待機していた4月の夜の匂いが私にとっての春の匂いなのです。
すでにその気配を敏感に感じとっている私がいます。
4月から新学期が始まり新しい授業を受ける準備は出来ているのですが、
この先どこにも通わないし楽しいキャンパスライフを送る予定もないのかと思うと残念でなりません。
テニスサークルに入るのもありだなあとエアテニスの真似事もしてみるのですがそもそもテニスなどしたこともないし、
この先もラケットを振って下級生の女子とラリーをすることもないのか、残念だなあと思いながらせっせと仕事に励んでいます。


先日はうぐいすの鳴き声を耳にし、
本当にホーホケキョとしか言いようがないその鳴き声に感心したのですが、
如何なる進化によりあのフレーズに落ち着いたのか、
最初はホーキョ、くらいの短さだったのを
「何か語呂悪くね?」
「間にホケでも入れとく?」
「ホーホケキョか」
「その後チョトマテチョトマテお兄さーんと相の手入れる?」
などとネタ会議の末にあれに落ち着いたのか、
いずれにせよとても情緒のある春めいたフレーズなのであり、
古来より鳴き声を変えずに看板を守って来た春告鳥に功労賞でも差し上げたい衝動に駆られたのですが、
彼ら(彼女ら)がホーホケキョと鳴けばもうこっちのものなのです。
春の到来はもうすぐなのです。
うぐいすの声に釣られて春が前倒しでやって来ることを期待するばかりです。


ところでホーホケキョにちなんでうぐいすについてwikiで調べていたところ、
うぐいすを詠んだ和歌がいくつか紹介されており。
「あらたまの 年ゆきがへり 春立たば まづ我が宿に 鶯は鳴け」という大伴家持の歌に
やかもっちゃん情緒あるじゃん〜と感心し、
「鶯の こゑ聞きそむるあしたより 待たるる物は 桜なりけり」という本居宣長の歌に
のりちゃん、気持ちわかるよ〜などとうぐいす和歌を味わっているとふと、
「鶯の 谷よりいづる 声なくは 春くることを 誰か知らまし 大江千里」という歌を目にし。
え?作者名が大江千里
あのシンガーソングライターの?
と私は思わず二度見し、
確か彼は「かっこわるーいふられかーたー」とかいう作風ではなかったかしら、
「知らまし」などと古風な言い回しで和歌なんか詠むのかしらと思い、
「はるくることを知らまーしー」と
アピアノで格好悪いふられ方の節で歌ってみたのですがしっくり来ず。
そもそも歌人の並びに大江千里ておかしくないか?と、
90年代のNHKソリトンでぎこちない司会をしていた大江千里の大きなメガネを思い出しながら詳しく見てみたら
大江千里と書いておおえのちさと、と読む平安時代歌人なのであり。
全然別人なのであり。
何だソリトンでぎこちない司会をしていた人じゃなかったのかと思い、
「うぐいす和歌を詠む男」という彼の新たなイメージはすぐに払拭されたのですが、
同時に彼が現在ニューヨーク在住であることなど近況も知ることになり、
思わぬ知識を得る結果となった次第です。
しかしよくよく考えたら「はるくることを知らまーしー」とか実際に歌ってそうですよね。
和歌の情緒をピアノに乗せて。
おおえのちさとという歌人がいることは千里ファンの間ではよく知られたことなのでしょうか。
うぐいすの鳴き声について想いを巡らせているうちにニューヨークにまで辿り着いてしまったというお話です。


しかし春はまだでしょうか。
果たして。