幕が上がる、宇宙と切符

平田オリザ原作で「銀河鉄道の夜」を題材にした演劇もので、ももクロ主演の青春群像劇で伊集院光もラジオで褒めてたとなると映画「幕が上がる」はきっと面白いのだろうと思い、「見に行ってみないか」と軽く嫁を誘ってみたところ「お前はももクロのファンだったのか、いい年してアイドルの映画など見るのか」という半ば軽蔑のような眼差しを向けられ、アイドルにうつつを抜かすおじさんとして家庭内に於いて私の地位が著しく下がりそうな事態に陥り、慌てて違う違う、そうじゃ、そうじゃなーいと前述した面白そうな要素をプレゼンし、さらには「ほら誰々さんも良いって言ってるよ」と知人のSNSの反応なども見せ何とか共に見に行くに至ったのですが、結果からすると嫁も私もすっかり物語に入り込み、泣かされてしまったのでした。とても良い映画でした。
私は斯様な青春ものが大好物で見ると必ず泣くのですが、今回も随所で泣きっぱなしなのであり、女の子たちが演劇に打ち込み、時には壁にぶつかり悩み、時には励まし合い笑顔になり、何かを作り上げようとする様にぐっと来てしまうのは当然として、制服姿で自転車を走らせる様子や屋上でペンキを塗りながら会話をする様子や、プールサイドでノートを開いたり(そして落ちるというベタさ!)美術室で練習したり先輩後輩できゃっきゃといちゃついたり教室から星空を見上げたり、現国の授業で谷川俊太郎宮沢賢治を扱うくだりなど(あの授業受けたいわーと思いながら見てしまいました。初老の先生の朗読が素晴らしいし、『相対性理論といえばバンドの方を思い浮かべるかも』なんて若い発言もあったり)、青春の要素が映る度に胸キュンしてうるうるしてしまうという重傷ぶりで、我ながら困惑してしまった次第です。かつてあったもので今は手にすることのない憧れとして、青春ゾンビとしてあのような図に惹かれるという面もありつつも、今回はすっかり彼女たちの親目線で見ている自分もいて、彼女たちが肖像画という家族と自分について語るひとり芝居を行う場面では自分の娘がこんな芝居してくれたら泣くよ〜と親に感情移入して泣いてしまい、私はもうおじさんになっちまったのだなとしみじみした次第です。娘でもおかしくない年齢ですし。
彼女たちが頑張っている姿を見ると元気が出るとか応援したくなるとか、ももクロの魅力を語る上でよく言われがちですが、それがよくわかる作りになっていて、そういう意味では正しいももクロのアイドル映画として成功しているように思いました。彼女たちはとにかく表情が豊かでチャーミングで、全員が全員美人というわけでもないのに(ピンクの子はぽっちゃりを通り越しているようにも見えましたがあれは許容されているのでしょうか・笑)人を惹き付ける魅力があるのだなと再認識した次第です。恋愛要素を一切入れてない辺りも物語の強度が削がれなくて良かったように思いました。(代わりに気恥ずかしくなるような百合要素があってあれはマニア向けのシーンなのかなと思いましたが)
彼女たちの未来へ至る道が広過ぎて(宇宙という大き過ぎる暗闇で)どこへ向かうかわからず不安だけど切符だけは持っていて、進むしかないという決意はそのまま銀河鉄道の夜の世界観に通じ、それを自分たちに引き寄せ芝居として作り上げて行く様子はとても感動的で、この作品自体が銀河鉄道の夜の批評として仕上がっているのもとても良いと思いました。最初は距離のあったカンパネルラ役の子とジョバンニ役の子が次第に近付き、舞台上でそれぞれカンパネルラとジョバンニとして語る台詞が素晴らしく、また銀河鉄道の夜を読んでみたいと思わされました。
舞台に立つ演者としての物語の他、演出家としてリーダーとして公演をまとめる側の成長物語としても面白く(メンバーへのスピーチシーンも良かったし、最後のモノローグも泣かされました)、また成り行きで芝居を見守ることになった先生役の女優さんの物語も同時に平行するように語られ、その見事な芝居っぷりと共に深みを与えていて良かったように思います。あの女優さんは凄いですね。あと笑いどころ担当としてのムロツヨシもとても良かったです。
途中コミカル過ぎる演出が入ったり(あの夢シーンは何なのでしょう)、「神様のようだった」というモノローグなどもその神様っぷりを説明なしで絵で見せなあかんのじゃないのと思わされたり、あんな失敗だらけの舞台でよく予選を通過したなあというご都合な展開なんかもあり(他の劇団の作品も面白そうに見えてしまいました)、また最後これみよがしに大物芸能人が出て来たりなど興ざめしてしまうくだりも数カ所あり、全部が全部絶賛というわけではなかったですけどね。あと最後ももクロの元気いっぱいな曲がかかると映画のムードと違うので急に醒めますね。(ももクロの映画だからかかるの当たり前なんですが)
そんなわけですっかり青春要素にやられた私でしたが、あのような青春はもう私には来ないのだなあと思うと何だか寂しい気がするのであり、我が青春ゾンビ病は抜け切れそうにありません。まあでも私の目前にも彼女たちと同じ宇宙が広がっているのであり、同じく切符だけは持っているのです。進んでいくしかないのだなあと思いつつ、夜空を見上げながら帰路に着いた私です。(生憎の雨模様で星は見えなかったですけどね)。
そんなわけで興味持った方は見てみると良いのではないでしょうか。