点在する物語 貸切り図書館29冊目

先日はmolnにて恒例のイベント「貸切り図書館」の29回目を、ゲストにサニーデイ・サービス曽我部恵一さんをお迎えしてお送りしました。この日は立ち見も出るほどのぎゅうぎゅうの超満員となりました。本当にたくさんのご来場をありがとうございました。
曽我部さんの大ファンで学生時代にサニーデイコピーバンドもしていたというmoln店主は「憧れの曽我部さんが我が店にやって来る!どうしよう!」と興奮&緊張しておりましたが、当の曽我部さんは爽やかな笑顔と柔らかな物腰の隣のお兄さんといった風情で「お願いしまーす」とふらっとギター片手に現れ、我々に気さくに話しかけてくれ、こちらの緊張を和らげてくれたのでした。
曽我部さんはリハーサルもそこそこに店内の商品を見て回り、マネージャーさんと一緒に「これ可愛いねえ」とか「これは面白いなあ」とか興味を持ってくれまして。マネージャーさんが張子好きということも判明し、私の作っただるまをお買い上げいただきまして。また曽我部さんも招き猫など色々小物を買ってくれて感激した次第です。molnの並びにウサギノフクシュウという古本屋がありますよと教えてあげると「行ってみます!」と足取り軽く出かけ、本番直前までそこで古本を買っていたようで、買い物好きな様子がとても良いなあと思った次第です。
そんな古本を抱えて会場に戻って来た曽我部さんですが、いざ本番となるとさすがの貫禄で。アコースティックギターを時には激しくストロークし、時にはカッティングでビートを刻み、時には繊細なアルペジオで抑揚のあるサウンドを聴かせ、艶やかな歌声で囁いたり語ったり、圧倒的な歌唱力で歌い上げたりとシンプルな弾き語りながらも豊かな表現力で我々を魅了してくれました。ひとりの演奏なのにバンドやオーケストラが立ち上がって聴こえて来るという体験は友部正人さんの弾き語りを見た時にも感じたのですが、曽我部さんの歌には一編の小説や映画のような大きな物語に触れているかのような感覚もあり、胸の奥へじんわり響くものを感じましたね。恋への憧れや季節や風景への細やかな眼差し、高らかに唱えられる愛の言葉は年月を経てより強度や説得力が加味されており、若さや青臭さを残したままのこの熟成ぶりは素晴らしいなと惚れ惚れした次第です。サニーデイの曲で私が一番好きな「魔法」も聴けたし、久々に聴いた「東京」や「月光荘」や「ギター」なども色褪せないままに心に染み入って来ました。「シモーヌ」などの熱唱も良かったですが、個人的には本編最後に歌われた「今日のダンス」という曲が一番心に残りましたね。「おはよう」と朝の訪れと共に立ち上がって行く世界へ語りかける冒頭から、最後は人生賛歌へと広がっていくとても壮大な楽曲で、斯様な平たい言葉で述べるのも何ですが私は心の底から感動してしまいました。本当に素晴らしかったですね。これは何のアルバムに入っている曲なのだろうと後で調べたらライブ会場限定のしかも特典CDに入っている曲らしく、こんな名曲が隠れているだなんて勿体ないなあと思ったのですが、ファンの方には広く知られている曲なのでしょうか。何とか入手したく思った次第です。
あと本の紹介のくだりですが、この日曽我部さんが挙げてくれたのは以下のラインナップでした。
滝口雅子「白い夜
島尾ミホ「海辺の生と死」
リチャード・ブローティガン「西瓜糖の日々」
トマス・ピンチョン「V」「競売ナンバー49の叫び」
ジョージ・オーウェル1984年」
真鍋昌平闇金ウシジマくん
花沢健吾アイアムアヒーロー
山本直樹「分校の人たち」
ドフトエフスキー「虐げられた人びと」
ミランダ・ジュライ「あなたを選んでくれるもの」
今村楯夫 山口淳「ヘミングウェイの流儀」
植本一子「かなわない」
黒田征太郎「KAKIBAKA」
滝口雅子さんは室生犀星詩人賞を受賞した詩人だそうで、詩集「白い夜」から2編ほど朗読をしてくれました。初めて聞く名前だったんですが(曽我部さん曰くウィキペディアにも載ってないとのこと)、こういうのを見つけて来る嗅覚が流石だなと思いました。
島尾ミホさんは島尾敏雄さんの奥さんでしまおまほさんの祖母に当たる人だそうで。奄美に伝わる昔話や敏雄さんとの物語が綴られているそうですが、なかなか壮絶な夫婦関係だったそうで。私はしまおさんのラジオとかエッセイとか好きなのでそのルーツをちょっと覗いてみたくなりましたね。
ブローティガンの本はライブ前にウサギノフクシュウで自宅にあるのと別な装丁のものを買って来たそうで。自分が作詞する時などに影響されている作家のひとりだそうです。
トマス・ピンチョンの「V」は非常に難解な小説で、曽我部さんも途中で読むのを挫折したそうですが、その間ピンチョンの他の作品(「競売ナンバー49〜」)を読んだら読み方がわかったらしく、最後まで読破出来たそうです。曽我部さんの例えでは、喫茶店などで隣のカップルが「今日ソフトバンクに行ってさ〜」などと話しているのを聞いたりするように、自分の物語の他に「ソフトバンクに行った人の物語」や、他の物語が同時多発的に存在している感覚で、最初から最後までひとつの視点から一貫して語られる物語というよりも複数点在する物語を読んでいるという認識で臨んだら最後まで読めたそうなんですが、それでもよくわからないとのことでした(笑)。面白いけどわからない、でも面白いと思えたらそれで良いんじゃないかとのことで、曽我部さんの解説を聞いてちょっと挑戦してみたくなりましたね。(ちなみにサニーデイの「One Day」のPV内に登場する文庫がピンチョンだそうです。)
オーウェルの「1984年」はそのピンチョンが解説を書いているそうで。曽我部さん曰く初版のジャケも好きだけど、2009年に新訳されたものの方が断然読みやすいし、改めてその魅力を堪能出来たとのことでしたね。
曽我部さんは漫画も大好きらしく、中でも金融ものが好物だそうで。(「ナニワ金融道」や「カイジ」など)。ウシジマくんはその頂点という認識だそうです。お金という厳然たる基準があってそこに善悪がないのがとても良いとのことで、「2001年宇宙の旅」になぞらえて「2016年お金の旅」というキャッチを付けておりました。めっちゃ推していたのでファンの方は必読ではないでしょうか。
アイアムアヒーロー」はゾンビ物の漫画で、この作品内でヒロインの女の子がゾンビ化しそうな時に主人公がくるりの「カレーの歌」を聞かせるシーンがあるらしく、音のない漫画の世界で音楽が聞こえてくる描写が素晴らしいと絶賛されてました。あと山本直樹氏の漫画も推していましたね。山本氏のエロ漫画も、それ以外の作品も(連合赤軍を扱った「レッド」など)。
ドフトエフスキーは筆圧がとにかく強いという印象で、洗練されてないけど想いが強い部分において自分と似たものを感じるとのことでした。確かに曽我部さんの歌は濃い鉛筆でガシガシ圧をかけて書いているような印象があるなと思いましたね。ザ・小説とでも言うべきそれは橋田寿賀子みたいだという表現をされてましたが、ドフトエフスキーと橋田寿賀子を並べて評するのは曽我部さんくらいじゃないかと思った次第です(笑)。
ミランダ・ジュライの作品は脚本書きに行き詰まった著者がフリーペーパーの売ります広告に出品されている物からその出品者がどうしてそれを手放すに至ったのか会って話を聞くうちに自分が何を書くべきか気付くというドキュメントだそうで、売り出される物からその人の人生が垣間見えるという内容が面白そうでちょっと興味を惹かれましたね。
植本一子さんの本はラッパーのECDさんの奥さんである彼女のエッセイ集だそうで、2人の子供を育てながら写真を撮っている彼女の文章に曽我部さん自身も子育て中ということで共感するところがあるのだそうです。
黒田征太郎さんの本は画集で、曽我部さんは折に触れ彼の絵を眺めては力を貰っているのだそうです。(下北沢のClub Queの壁の絵も彼のものだそうですね。)
以上、小説から漫画から画集まで各ジャンルに渡り曽我部さんらしいセレクトだなと思ったのですが、曽我部さんはとにかく本の紹介が上手で、聞いているとどれも読みたくなってしまうのですよね。それは本への愛情があるからだろうし、読み手として優れているからに他ならないのだと思います。まだまだ読んでいる本はたくさんあるでしょうし、他の本の紹介も聞いてみたいなと思いましたね。ぜひまた出演していただきたく思った次第です。
終演後は私も店主も記念に写真を撮っていただき。持参したサニーデイのレコードにサインもしていただきました。嬉しかったですね。初めてサニーデイを聞いたのは私が大学生の頃だったかと思います。こうして時を経て会えるものなのですね。
貸切り図書館、次回は3月26日にゲストにショコラ&アキトさんを迎えてお送りします。そちらもよろしくお願いしますということで。