この世界の片隅に、猫と

先日、久々に時間が空いたので去年見られなかった映画「この世界の片隅に」を見ようかと黄金町にある映画館に赴いたのですが、何と昼間の回はすでに満席とのことで入れず。劇場は年齢層高めのお客さんで溢れかえっており、その人気っぷりは年を跨いでも衰えていないんだなと実感しましたね。仕方なくレイトショー枠で見るかと切符を先に購入せむと受付に行くと「あ、鎌倉molnの方ですか?」とお姉さんに話し掛けられ。聞くとテニスコーツのライブの時にmolnに見に来られた方だそうで。映画館の人に認知されてるなんて何か俺たち地元感出てるじゃんなどと思いつつ、レイトショーまで時間を潰さないとなあとふらふら横浜方面へ歩き出すと「あ、この辺に野毛山動物園があるよ」と妻が言うのであり。この寒い中動物を見るのも何かなと思っていると「無料だよ」と言うのであり。ダーターで見られるのならまあいっか、レイトショーまで時間あるし、冬の動物園もまた一興であるか、と赴くことになり。
そんな流れで訪れた野毛山動物園は無料ながらかなり充実した施設であり。百獣の王ライオンもいればキリンもいるしペンギンもいるのであり。冬枯れた人も疎らな動物園は風情があるというか風情しかないと言っても良いくらいで、間近に動物たちの表情を眺めながら「この子は今北風吹き荒ぶ午後に冬の匂いを嗅ぎながら何を想っているのであろう、片想いの相手の眼差しが何故我に向かぬのか世を嘆いているのであろうか」などと勝手にストーリーを投影しながら見ていたのですが、何しろ動物たちはどの子もみな可愛いのですよね。ミル坊を飼い始めてからというもの動物全般が愛おしく思えるようになり、毎日言葉の通じぬ相手とコミュニケーションを取りながら暮らすうちに愛情が育まれたのか、ただもうそこにいるだけで可愛いという感情が生まれるのですね。レッサーパンダ2匹が戯れ合う様子を見ているだけでご飯3杯はいけるほどなのです。ただどの動物を見ても「ミル坊に似てるな」「ミル坊もこういう表情するよな」「ミル坊はここまでキツくはないよな」とミル坊経由の感想しか出て来ないので、結局はミル坊が可愛いということなのかとも思ったりしたんですけどね。はむはむと草を咀嚼するツキノワ熊のどこか切な気な眼差しを見ながら、ミル坊は今どうしてるかなあなどと思い出したりした次第です。
この動物園では触れ合いコーナーがあり、手の平サイズのハムスターたちを撫で回せるというので子供たちに混じって私もハムスターを撫でたんですが、撫でてるうちに何だかミル坊に悪いような気持ちになり。最近は隣のお宅の飼い猫のミミくんがよく我が家に遊びに来ており、この子がまた人懐こいので来る度についつい撫で回してしまうのですが、ふと気付くとミル坊が「他所の猫を愛でてる…。僕という存在がありながら…」と寂し気な目で見ているのであり。その度に「この子も可愛いけどミル坊が一番だよう〜、お前だけだよう〜」と倍のテンションでミル坊を可愛がるに至るのですが、ハムスターを撫でながらついその寂し気ミル坊の寂し気フェイスを思い出してしまい。今頃「ハムスターを愛でてる…。僕という存在がありながら…」と拗ねているのではあるまいかと思い、「すまんなハムスター、俺には愛する猫がいてな」とそそくさとハムスターを戻し、心の中でそっとミル坊に謝った私です。 動物園を見るのもひと苦労なのです。家に猫がいると。
そんな動物園タイムを経て夜にまた映画館に戻り「この世界の片隅に」を鑑賞したのですが、これが噂に違わぬ素晴らしい作品でした。戦時下にも日常があり、生活があり、笑ったり泣いたり、人と人が触れ合ったり愛し合ったりすれ違ったり傷付けあったりという営みがあったのだよなあと当たり前のことに気付かされましたね。私がとても良いなと思ったのは戦時下の衣食住の描写がとても丁寧ということで、そこに生まれ育った者、嫁にやって来た者、嫁に行き出戻って来た者、戦いに出て帰還した者などが集う家の食卓や風呂や納屋や庭、火を起こしたり洗濯物を干したりラジオを囲んだりという生活のいきいきとした様子(防空壕を作る際に背くらべした柱を使うという粋さよ)、作業のためにもんぺを繕いお洒落にも気を使いハレの日にはおめかしするというファッションの描写や、食材や物資が足らない中を創意工夫して料理作りに挑戦し時には失敗するなど(砂糖のくだりは笑いました)、その豊かさは戦時下といえども変わらぬものなのだなと思いましたね。また主人公のすずが絵を描くという文化的な側面から世界にアプローチするというのもとても良く、波をうさぎに描くロマンチックさとそこから生まれる恋や(振り返ればそうだったというのがまた良い)、降り注ぐ爆弾を見て絵の具を連想する描写も新鮮だったし、戦艦をスケッチするのを取り締まる権力の滑稽さとそれに屈さない庶民のたくましさなど、生きていくのに衣食住以外の芸術が必要な人間は戦時下にもいたというのを心強く感じました。そしてそれを突然奪ってしまうのが戦争なのだという描写に心の底から戦争は嫌だなあと思ってしまいましたね。全体ほのぼのとしたコメディタッチだからこそ伝わる強いメッセージがありました。素晴らしい映画でした。
主人公のすずを演じたのんがまた素晴らしく、すずの可愛いらしい仕草を見ながら「ああ、ミル坊もこういう仕草するよなあ」とここでもミル坊フィルターを経由してしまった私ですが、あの戦時下の家にも猫の姿があった描写には何だか泣けましたね。爆弾が飛び交う中でも猫は猫として人間と同様にたくましく生きていたのだなと。
そんなわけで動物と人間を同時に愛おしく感じた1日となりました。みなさまも機会があれば是非。