イヤフォン越しのビートルズ

ザ・ビートルズの「サージェント・ペパーズ」50周年にちなみ、2017年版リミックスバージョンが新装発売とのことで、何だまたビートルズはお得意の商法でファンから金を巻き上げようとしているのか、これまでもアンソロジーだリマスターだベストだリミックスだネイキッドだブルーレイだ紙ジャケだボックスだと手を変え品を変えファンの財布から金をむしり取って来た、ビートルズの名の元のカツアゲが横行しようとしているのかと警戒レベルを引き上げた私なのですが、自然と耳に入って来る賞賛の声を聞く度に「やべえ聴きたい」という気持ちが溢れて来るのであり、そのうち積極的に賞賛の声を拾い始めている自分がいて、そうなると「やべえこれは聴かないといけない」とすでに暗示にかかっているのであり、気が付くとポチッと購入のボタンを押しているであり、ビートルズファンの性というか、業のようなものを感じないではいられません。
そんな業により入手した音源をいざiTunesに入れると「すでに同じものが入ってまっせ」「置き換えますか、兄さん」と聞かれ、その時点で「私は何で同じ物を買い直してしまったのだろう」と一瞬冷静になる自分がいたのですが、いや同じ物でありながら違う物であるのだと言い聞かせ置き換えずに入れると2009年のリマスター版と今回の2017年リミックス版が交互に並ぶ形になるのですよね。それで交互に聞き比べをすると「うわ、こんなに違うのか!」とその差が歴然とわかるわけです。もう素晴らしいのひと言に尽きるのです。音質が良くなっているのは勿論、本来こうあるべきだったのではという定位になっており。両者を聞き比べつつ改めて名盤だなあとしみじみしてしまった次第です。ボーカルが中央に寄せられているので、かつての「イヤフォンを片方ずつ分け合って聞いているとひとりはボーカルが聞こえない」という現象がなくなったわけですね。何でこうも片方に寄せるかねというミックスが多いんですが、ビートルズは。
「イヤフォンを片方ずつシェアする」で思い出すのは永瀬正敏工藤夕貴が出演していたジャームッシュの「ミステリー・トレイン」という映画で、時代的にカセットウォークマンだと思うのですが、列車の中でイヤフォンを片方ずつ分け合って音楽を聞いているシーンが印象に残っているのですよね。イヤフォンをするという行為は外界の雑音を遮断して孤独の時間を獲得する意味合いがあるかと思うのですが、それをもうひとりと共有することで「ふたりきり」という密接さが生まれるのですよね。画像や動画などは外から第3者が横から覗けたりするので2人だけで共有というのは難しいですが、こと音楽となるとイヤフォンは右と左しかないので2人でしか共有出来ないのです。しかもイヤフォンのコードの短さから言っても距離が近づくわけです。
学生時代にウォークマンビートルズを聞いていたらクラスの女子が「五十嵐くん何聞いているの?」と突然私の耳からイヤフォンの片方を取り上げ、自らの耳に装着するという胸キュンテロが投下されたことがあるのですが、キスが見舞われるのではなかろうかというほど私の顔のすぐそばに顔を寄せ「この曲誰?」と問うた彼女の耳には肝心のポールのボーカルは聞こえていなかった可能性があると思うと「ちょっと待ってモノラルミックスと交換するか、2017年のリミックスが出るまで待ってくれない?」と言いたい気にもなるのですが、時を戻すことは出来ないのです。
当時ダビングしたカセットテープを安いラジカセで再生して聞いてもあれだけ感動出来たビートルズなので、音質はあんまり関係ないと言えば関係ないですけどね。名盤を良い音で聞き直す作業はやはり楽しいのです。リンゴのドラムが巧いという周知の事実を改めて実感しました。ねばきしえいびーおーぷん、と聞こえる最後の謎のメッセージを聞きながら、ふとあの時私のイヤフォンを奪い取った彼女は元気だろうかと想いを馳せてしまった私です。今なら片方だけでもポールのボーカルが聞こえるんだよ、と。