1年とラジオ

あれから1年が経ちました。
やはり1年前のあの日のことに想いを馳せずにはいられないものですね。
あの日は金曜日で、いつも聞いているラジオ番組「小島慶子キラキラ」も
金曜レギュラーの水道橋博士が出ている日だったので、
一昨日の金曜日のキラキラを聞きながらむしろあの日のことを鮮明に思い出しましたけどね。
揺れたのはこのコーナーの後だったんだよなあとか。
震災前から日々ラジオは欠かせない暮らしを送っていたんですが、
震災後ますますラジオというメディアに信頼を寄せるようになりました。
情報収集もそうですが、音楽を聞く気にならなかった自分に
音楽の素晴らしさを再確認させてくれたのもラジオだったし、
再び日常へスライドしていく過程に於いてもラジオは有効に働いたような気がします。
震災にまつわるあらゆる問題(特に原発)への提議やあらゆる方面からのアクション、
それについて自分はどう思考し解釈し動くのかなど、
ラジオとツイッターというメディアを通してこの1年は世界とコミットして来たような気がします。
知人の安否もツイッターで得ましたし。
今日の昼間は浅草奥山風景という催しで浅草で実演をしていたので、
地震の起きた14時46分はお客さんの相手をしているうちにいつの間にか過ぎてしまい、
黙祷したり想いを馳せたりする余裕もなかったんですが、
こうして観光地にお客さんがたくさん来て賑わって経済を回している様は平和かつ健全であるなと
浅草寺境内から見える五重塔東京スカイツリー(並んで見えるのです)を望みながら
この日常は素晴らしいことだなと感謝の念のようなものを覚えた次第です。
震災関連の内容に変更されたラジオ番組もレギュラーの内容になり、
キラキラなども日々「くだらない話してるなー」と笑いながら聞くようになりました。
ツイッターも「しょうもないこと呟いてるなー」という思いながら眺めるようになりました。
それでもあの日から世界が変貌したという感覚は残っているし、
この2つのメディアに接していても時折それを生々しく実感したりしています。



そんな震災から1年後の今日なんですが、OTOTOYの日本復興コンピレーションアルバム
「Play for Japan 2012」が発売になりました。
fishing with johnも前回に引き続き1曲参加させていただきました。
売り上げが義援金という形で寄付されます。
少しでもお役に立てれば良いなと思っております。
「水色心象疾走現象」というタイトルの書き下ろしの新曲です。
私が言葉を語っています。
詳細はOTOTOYのサイトをご覧下さい。
ぜひよろしくお願いします!
http://ototoy.jp/feature/index.php/2012031101



しかし震災後の1年を共に過ごしたキラキラという番組もこの3月で終了とのことで、
個人的には残念な気持ちでいっぱいです。
この先も毎年金曜日のキラキラを聞きながら
「あの日も金曜日だったな」と回想するきっかけになっただろうと思うんですが。
揺れたのはこのコーナーの後だったんだよなあと。