私、風立ちぬを鑑賞

宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観て私は感動し、
この感動を記しておかないとなと思いつつ、
それを言語化するのはなかなか大変な作業だなとなかなか書けずにいたのですが、
自分の思ったことをちょこっと書いておきます。
ネタバレがありますので本編を見てない方はご注意下さい。


映画を見てからずっと他の人の評などを読んでいたのですがあまり共感&納得出来るテキストが少なく、
その中でも合点がいき共感出来たのはとり・みき氏の評文と町山智浩氏の語りくらいだったんですが、
何しろこの作品は評価が賛否二分されていて、
これはわかる人にはよくわかるし、わかんない人には全然わかんないのだろうなということはよくわかりました(笑)。
批判をしている人の意見としてよく見られる
「(主人公が)自分が戦争の道具を作っていることへの葛藤が描かれていない」とか
「ヒロインの描写が浅い」とか「説明不足でよくわからない」とか、
「煙草の描写が多い」とか(笑)、その通りなものから的外れなものまであれやこれや見聞きするんですが、
私はそういう意見が出ることなんか監督は最初から全部織り込み済みで、
重々わかっててあえて自分が作りたいものを作り切ったんだという強い意志を作品の随所から感じ取って、
その表現の強度から来る気迫みたいなものにとにかくやられてしまいましたね。


何しろ場面ごとの絵としての美しさ、構成、動き、音、色味などの表現力が圧倒的で、
アニメーションでこれだけの描写が出来るのかと改めて感動してしまったほどです。
飛行機好きの監督による渾身の飛行機描写はとにかくきめ細かくそしてアクティブで、
冒頭の夢の飛行シーンでの主人公目線での飛行はそのスピード感も加え見る者を作品世界へ引き込むのに充分だし、
主人公の飛行への憧れがひしひしと伝わって来ました。
実際に零戦を作る過程でのテスト飛行の失敗や成功、
夢でカプローニと語りあう場面でのロマンチックな飛行描写など、
夢と現実問わず随所に出てくる飛行と風を切るシーンはそのサウンド
(何と人間が口で音を出して当てたそう)も相まって活き活きと感じられましたし、
監督の「筆が乗ってる感」が半端なかったですね。
個人的には零戦の描写を見てて「これファルコじゃん」と思い、
ドイツへ視察に行った時の巨大な戦闘機見てて「これギガントじゃん」と思い、
要所要所で監督の初期作「未来少年コナン」を思い出してたんですが、
結局監督の飛行機好きは一貫してるんだなあとしみじみした次第です。
あと私が震えたのは主人公がドイツで見た夢の中で、
真っ白な雪の上を燃えた飛行機の破片が頭上からぱらぱらと降り注ぐシーンでしたね。
白の雪上に真っ赤な火が点々と注ぐロマンチックな絵ですが、
落ちて来ているのは人を殺す戦闘機であるという恐ろしさです。
あとテスト飛行に失敗して残骸となった零戦に無惨に降り注ぐ雨の灰色や、
どこまでも真っ青な空を白い飛行機雲を連なり作りながら飛び立つ青と白のコントラストなど、
とにかく絵が美しく色彩が豊かなんですよね。


飛行機以外にも電車や船などの描写もどれも活き活きとしているんですが、
汽車で移動中に関東大震災に遭うくだりも凄かったですね。
ぐわぐわと波打つように地面が盛り上がる描写は渦を巻くような色味といい、
自然の猛威を迫力と共に絵画的に描いていて凄いなと思いました。
震災をあのような動きで描写出来るというのはアニメならではと思いましたし。
(汽車から降りて歩いて移動するくだりは3.11の震災での帰宅難民を思いながら描いたのでしょうか)
「震災や戦争での死が描かれていない」という一部の評も目にしましたが、
直接遺体を描かなくてもあの裏側ではたくさんの死があったことくらい想像が付くし、
そんな野暮なことはわざわざ描かないでもわかるという監督の強い意志を私は感じましたけどね。
この汽車のシーンで帽子が風で飛ばされるというのが後の2人の出会いの前振りになっているわけですが、
それを経て避暑地で再会するシーンも絵画的で美しかったですね。
(町山さんによる『モネの絵のよう』という指摘には合点がいきました)
この作品では何度も風の描写が出て来ますが、
ここでパラソルが草の上を泳ぐ躍動感はそのままヒロインの気持ちを表していたし
(あの草原は色合い的にもコナンに出てくるハイハーバーの景色を思い出してしまいました)、
後にホテルのベランダで白い紙飛行機を飛ばして2人が心を通い合わせるくだりでも、
風がゆっくり往復していく速度に合わせて気持ちを運ぶという演出がとてもロマンチックで巧みでしたね。
70代になるおじいちゃんがこんな青っぽいやりとりを描いていると思うと凄いことだぞと思うんですけどね。
手すりが壊れるというお得意の動きも入れつつで。
その後この2人が急遽上司夫婦の見届けで結婚式をあげるシーンも幻想的で妖艶で美しかったですね。
浮世絵のようというか、監督があのような日本ぽい淡い色彩の絵を描くのは初めて見ました。
初夜のくだりも上品でとても良かったですね。
ヒロインが倒れたと聞いて急遽主人公が駆けつける前のくだりも、
慌てて転んだり机の上の書類をぶちまけたりしつつ、
目にいっぱいの涙をためてぽろぽろ零すという一連の細やかな動きがとにかく素晴らしかったし
(あの涙が粒となる描写は「千と千尋の神隠し」で初登場したやつですね)、
逆にヒロインが駅に迎えに行く時にホームで主人公を見つけがくりと倒れ込むように抱きつく動きなど、
2人の動きの描写もはっとさせられる箇所がたくさんありました。
手を繋ぐ仕草など毎動作をこれは凄いなと感心しながら見てしまいました。
主人公のキャラは妻の病状が悪化しても仕事の書類は持って行くし、
伏せる妻の手を握りながらも仕事をし、
あまつさえ煙草を吸うという体たらくで、
現実と夢を交差し人の話をあまり聞かず、
でも仕事には熱を傾けるという職人肌の男で、
実際にそんなキャラである庵野監督を声優に起用したのは正解だった気がします。
子供時代からいきなりあの声に変わった時は違和感ありましたけどね。
あのある種異様なキャラですが、育ちが良くて勉強が出来て正義感があり妹思いで優しかったり
(あの妹が敬語を使うという育ちの良い家の兄妹の関係性がとても良かったし、
思い切り泣く妹のキャラは従来の宮崎アニメキャラぽくて好きでしたね)、
また貧しい子供にお菓子を恵もうとして逃げられるというお金持ち故の無邪気さもあり。
トトロのお父さんとかもそうですが、
宮崎アニメに出てくる男の子は大抵何かの研究に没頭したり物を作るのに夢中になったり機械が好きだったりで、
それって監督本人なんじゃないかと思うわけですが、
今回の堀越二郎というキャラもその系譜というか集大成的な印象を受けましたね。
鋲についてディスカッションする姿とかこれはもう男子映画だよなあという。
女子子供置いてけぼりな。

ところでジブリアニメといえば「美味しそうな食べ物」ですが、
今回はシベリアというお菓子が登場してましたが、
それを友人でありライバルである男が美味しそうに食べるというくだりがあり、
カリオストロの城」でルパンと次元がパスタをシェアして食べる関係性の描き方と同等な印象を受けましたね。
(ルパンと次元は奪い合ってましたけどね)
あのライバルの男が実にハンサムでかっこよいわけですが、
一緒に脚立に乗って「これ見てみろよ」とか言うシーンなんかはそのまま接吻するんじゃないかという勢いで、BLの匂いがぷんぷんしましたね。
あと食べ物ではないですが幾度となく登場する煙草を吸うという描写も火の灯り方とか
(寒い異国の地での頼れる温もりという意味合いなわけですね)、
煙を吐き出す時の仕草とかに「男の背中」を感じたし、
仕事をする男の休息という意味で監督の美学を感じましたけどね。
(あれにクレームをつけるというのはお門違いも甚だしいです)
臥せている病気の妻の側で吸ってしかも怒られないというのは
男の甘えというか都合良過ぎだろという向きもありますけどね、あれ。
主人公は魚を食べていても飛行機に結びつけるし、
性能の良い零戦を作るということに情熱を傾け、
それが戦争の道具になるという矛盾について疑問を語らず葛藤もしないわけですが、
私は主人公が中途半端にそんな内面を語ったりするよりも、
異様なまでに飛行機作りに邁進する姿をストイックに描く方が余程悲しいし哀れだし、
最後の「一機も戻って来ませんでした」という短い台詞が胸に迫って来ると思うのですよね。
最愛の妻との短い逢瀬の合間にも情熱を傾けた自分の少年時代からの人生を掛けた壮大な夢と青春が
戦争で全滅して空に散るという哀しみが私には葛藤を饒舌に語られるよりもずっとずっと説得力あるものとして響いたし、
こんなにも無言のうちに戦争を非難するメッセージが他にあるのだろうかと思いました。
安い反戦メッセージよりも哀しいし美しいし憐れだし、
私には無言で監督の大きな思いが差し出された感じがして胸打たれたし、泣きました。
最後に自分が丹誠込めて作った飛行機が残骸となった光景が映されるわけですが、
その中の一機が地面に突き刺さって緑が生い茂っている場面があるんですが、
それがコナンに出て来る残され島のロケット小屋そっくりなんですよね。
コナンでのロケット小屋とは核戦争が起きて世界が滅び不時着したかつての文明の残骸に奇跡的に水が湧き、
再び世界が始まる象徴として描かれているわけですが、
そのような緑の描写を入れてくるというのは戦争の終わった後にも緑が生い茂りまた生命が始まるのだという、
監督による再生と希望のメッセージのようにも私には思えました。
(テスト飛行失敗の後の灰色と違い、青空に白い飛行機雲を望んだ明るい色彩なのですね)
そこに亡くなったと思われる妻が現れ生き残った主人公に「生きて」という台詞を吐くのは
私にはとても辻褄が合うと思われたし、
実際残った人間は生きなければならないのだろうと思いました。



家族が楽しめるエンターテイメント作品はこれまでにたくさん作って来たのだし、
ここに来て理解されないかもしれないけど自分が作りたいものを作るという意志を持って
これだけの作品を作りあげたという監督の作家魂に拍手を送りたいし、
私はそれにとにかく感動したし胸打たれました。
好みがわかれるだろうしこれをつまらなく思う人がいるのもわかるので特にお勧めはしませんが、
私は傑作だと思いました。


あとドイツで追われる男たちが闇へ消える間際の光のふわっとした描写とか、
ホテルで合唱するくだりとか、
印象的な場面がまだまだたくさんあったのですが、長くなるのでこの辺でやめておきます。
絵画的であり文学的であり、見ていて心動かされる場面が数多ありました。
見終わった後も折に触れ思い出すほどです。
機会あればぜひもう一回劇場で見てみようと思います。


本当に凄いものを見た。
そんな感じです。