火花、愛おしき物語

もうだいぶ前の話なんですが、過日草月ホールにて催された又吉直樹の「火花」出版イベントなるものに足を運びまして。
掲載誌の「文學界」が創刊以来の増刷となり話題となった彼の初の純文学作品ですが、私は雑誌発売日に入手し貪るように読み、その内容の素晴らしさに感涙に咽び泣いたクチなので、これは参加せねばなるまいと思い立ったのです。
会場に着くとすでに沢山の又吉女子が客席を占めており。(男は2割くらいですかね)。地味めな文学好き風女子もいれば個性的な美大生ぽい風貌の人もいて。中には和服の人もいましたかね。
イベントは直木賞作家の西加奈子氏と又吉とのトークという形で進んで。
西氏は又吉の小説をとにかく絶賛しており、作品の内容を思い出して涙ぐむほど入り込んでいて、直木賞作家をしてここまでの賞賛を語らせるとは又吉凄いなあと改めて感心させられましたね。
まず又吉ほどの半端ない読書量だと小説の仕組みがわかってしまって教科書通りのものを書きがちなところをこうも自然体に処女作を書き上げたことが凄いとのことで。
又吉は書いてるうちに肩に力が入りそうになったり批評家目線が強くなりそうな時はあえてそれを外して書いたと述べていて、このバランス感覚はツッコミとボケを両方意識する芸人ならではなんだろうなと思いましたね。
あと西氏がこの作品の魅力として力説していたのはやはり作品に滲み出る優しさで、主人公が師と仰ぐ先輩芸人は決して人として優れているわけではなく、寧ろ駄目な部類に入るのにその人の芸人としての魅力にまっすぐに惹かれるその視線がとても愛おしいという旨を語っていて。
今はどの人もSNSなどで「人から見られる自分」を意識して高めに語りがちで、そこから欠点や失敗などが零れ落ちると見ている人は勝手に裏切られた感を抱き、叩きがちだけれど、「それが人間じゃない?そこも含めて見てあげないといけないのに」ということを語っていてなるほどと思いましたね。
お笑い芸人が主人公の物語で、芸人の先輩後輩という特殊な関係性を描いているのですが、又吉が身を置いている世界だからリアリティあるし、芸人に愛情を持った目線で描いているから読んでいて心地良いのですよね。交わされる会話は漫才のようでもあり、お笑いへの確固たる批評でもあり、お笑い芸人へのエールでもあり、芸人をあざ笑う世間への批判でもあり。お笑いという世界の厳しさを現すものであり。その厳しい競争社会に挫折する者の物語でありながらもあくまでその視線は優しいのですよね。青春物語としても秀逸で、切なくて泣きそうになる描写がいくつもありました。冒頭の花火大会の描写からの流れも構成もとても巧みで、ぐいぐい引き込まれて読んでしまいました。
イベント後半は芸人が語る「火花」ということで、しずる村上と井下好井の好井がトークに合流し。芸人の先輩後輩の関係性について生々しい話をしてくれました。決して優しい先輩ばかりでないという話や、後輩の方が売れてる時も先輩が必ず奢るシステムによる弊害など興味深い話が聞けました。
まだピースが売れてない頃、又吉の誕生日に後輩たちと共に花園神社で飲んでたそうで。(お金がないから外で飲んでたそうで。)そこに村上もいたそうなんですが、いざ始発に乗って帰ろうとぞろぞろ駅に向かって歩く中、すでに売れっ子になっていた村上はすぐに仕事があるらしく、そっと自分だけタクシーで帰ろうとしたらそれをパンサーの尾形に見つかり、「お前だけタクシーで帰るつもりか〜!」と追いかけられタクシーから引きずり降ろされるという騒ぎがあったらしく。それを収めるために「や、俺もタクシーで帰るから!」と又吉はタクシーに乗ったそうなんですが、お金がないのでみんなの見えないところでそっと降りて電車で帰ったというエピソードが何だか切なおかしく、小説の世界みたいだなと思って聞いてました。芸人の付き合いって大変だなあと。
売れている芸人の村上は「芸人あるあるが満載でリアルで面白かった」と述べてましたが、まだ売れっ子とまではいかない好井は「読んでて芸人辞めろって言われてるのかと思った」とかなりヒリヒリと刺さった様子で、芸人さんによっても読み方が違うんだなと思いましたね。
ここで描かれているのは「去って行く者」ですが、去る者にも残る者にも物語があるし人生があるという、その目線がこの作品を愛おしいものにしていると思いました。良い話がたくさん聞けました。
トークの合間には又吉によるフリップネタが挟み込まれ(彼なりのサービスだったんでしょうか)、そちらも面白かったです。
最後には又吉本人からお客さん全員にサイン本とおまけのTシャツが手渡されるという特典があり。
結構な数のお客さんがいるのに大変だなあと思いながら列を待ち、プレゼントを渡す人や何かひと言交わす人、両手で握手する人など色んなリアクションの人がいるのを見ているうちに私の順番になり。
私は何て言って良いものかわからず「ありがとうございます」と言うと又吉氏も「ありがとうございます」と言ってくれ。静かなるありがとうございますの交換が行われたんですが、本を渡された後はしっかり握手をしてもらい。本人に会うというのは嬉しいものだなーと思いながら会場を後にしました。手渡された本にはこの日の空気もぎゅっと入り込んでいるわけですからね。ずっと手元に置いておこうと思います。
「火花」面白い作品なのでぜひお勧めです。
興味持たれた方は是非。