ディランと足穂 貸切り図書館20冊目

先日は鎌倉molnにて定期的に催されている「貸切り図書館」の記念すべき20回目、ゲストにあがた森魚さんを迎えてお送りしました。友部正人さんに続いてのレジェンド登場となった今回ですが、やはりその名に相応しい素晴らしいステージで魅せていただき、一同感激した次第です。
実は私は10年前にあがたさんのバックバンドとして当時ユーカリsoundtrackにいた藤田くんと一緒に何度か演奏したことがあり、会うのはその時以来だったんですが「ああ、あの時はベース弾いてくれたんだっけ。あれってもう10年前なんだ〜」と覚えていただいていたので嬉しく思った次第です。
あがたさんは現在アルバムのレコーディング中だそうで、この日はトラックダウン作業と重なってしまったらしく、会場に来ても電話で打ち合わせなどしており。今回はリハ時間を1時間設けていたんですが、そんな感じでなかなかリハが始まらないので「あがたさん、リハもう出来ますよ」と言うと「うん、その前にまずはギターの弦を張り替えようかな」とのことで張り替え作業をし出し。今張ってある弦を外すのに「ねえ、手伝ってくれるかな」とスタッフの方に告げて手助けして貰いながら作業していたんですが、なかなか進まないようなので「私も手伝いましょうか?」と結局3人がかりで弦を外し。それから新しい弦を張り出したんですが、「あれ?間違えて4弦に3弦張っちゃったよ〜」とか「あれ?2弦が見当たらないなあ。ねえ、探してくれる〜?」などと様々な難関により進まず、その間も時間は刻一刻と進み。
そんな作業中も「きみはディランはどうなの?聞くの?」
「大好きですよ、来日公演も行きましたし」
「どのアルバムが一番好きなわけ?」
「欲望が好きですね」
「へえ、みんなそう言うね。僕はブロンド・オン・ブロンドかな。僕はディランは師匠というよりも兄貴と呼んでるんだ」
などと私を相手にディラン談義に花咲き。そんな話をしつつも入口には早くも熱心なお客さんが入場のための列を作り出したので、さすがにリハしないとまずいんじゃないかなあと思い出した頃に「さて張り終わったらやろうか〜」とようやくあがたさんが立ち上がりまして。時計見たらすでにその時点で50分経過していたんですけどね(笑)。流石あがたさんは時間の使い方がロックだなあと感心しつつ、急いで残り10分くらいでサウンドチェックして片付けてすぐに開場になり、バタバタだったんですが何とか本番を迎えまして。
リハではそんなマイペースっぷりだったあがたさんですが、本番になるとスイッチが入り、ステージに立つと何とも言えない魅力的なオーラを放ち、歌い出す途端にあがたワールドにぐいぐい引き込む力は流石だなあと思いましたね。1曲目からステージを飛び出し、客席の方へ歩きながらマイクなしで「僕は天使ぢゃないよ」を熱唱し。さらには早川義夫さんの名曲「サルビアの花」も全身で歌ってくれて。生で熱唱するあがたさんの渾身のパフォーマンスに私はすっかり感動してしまい、冒頭だけで泣きそうになってしまいました。
それからマイクの前に戻ってライブは進行しまして。MCでは髪型についての話や時間についての話や学生時代の思い出話など色々な話をしてくれるのですが、どれも面白くてつい聞き入ってしまうのですよね。中には曲よりも長く喋ってる場面も多々あり(笑)。数々の映画にも出演されているだけあって、役者さんのような間と振る舞いでお喋りがとても巧みなのですよね。そんなトークの合間にここ最近のアルバムからの曲をたくさん歌ってくれたのですがどれも良い曲ばかりで、本当に現役の人なんだなあと感心してしまいました。
あがたさんは今回張り切って本をたくさん持参してステージ横に積んでくれたんですが、「連日のレコーディング作業で紹介する気力がないなあ。あとで勝手に見てくれる?」とかぼやきつつも色々紹介してくれました。口頭で触れたのは
「現代世界美術全集 エルンスト/ミロ」
堀江卓「ハンマーキット」
ジュール・ヴェルヌ「気球に乗って五週間」
ジャン・コクトー怖るべき子供たち
稲垣足穂一千一秒物語
ちくま日本文学全集 稲垣足穂
でしたね。
紹介はされなかったんですが高野文子の「絶対安全剃刀」やガロのつげ義春特集号などもありましたし、「海底二万里」なんかもありました。(後で鈴木翁二の「オートバイ少女」についても聞けば良かったなと思いましたが、今回はなかったですね)
マックス・エルンストについては作品をお客さんに見せながらフロッタージュやコラージュといった手法にとても惹かれるという話をしてくれました。あがたさんも10円玉を擦って平等院鳳凰堂を写すなどしていたそうですが、表現の手法として誰でもすぐに形に出来るし入りやすいというのが魅力的なんでしょうか。「ハンマーキット」は貴重な漫画本でしたが、幼少の頃に家で漫画を読ませてもらってなかったあがたさんが、病院で初めて漫画を手にした時の衝撃を語ってくれました。表現に触れる初期衝動がこの漫画本だったんですね。「気球に乗って五週間」は巻末にあがたさんがあとがきを書いているんだそうですが、気球とか潜水艦とかロケットとか乗り物が出て来る空想科学物ってまさにあがたさんの世界だなあと思いました。コクトーの文庫本はあがたさんの映画「港のロキシー」の帯が付いているバージョンでしたが、まさに「港のロキシー」は「怖るべき子供たち」がベースになっているんですよね。
稲垣足穂の文庫本は表紙も取れてかなり年季の入ったぼろぼろの状態の物でしたが、テープ跡や書き込みなんかもあり、長年読み込んで来た感じが伺えました。とある番組の取材で足穂の自宅を訪ねた時に押してもらったという「TARUHO INAGAKI」の判子の写しが中にあり、これはお宝だなあと思いましたね。足穂についてはテキストを朗読もしてくれました。あがたさんによる足穂の朗読が聞けるとは嬉しかったですね。
最後には「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」も聞けたし、充実の内容でした。早くから並んで待っていたお客さんがたくさんいて、あがたさんは愛されているんだなあとしみじみ思いましたね。私もあがたさんのバックで演奏させていただいて以来、再会出来て良かったです。その時一緒にバンドに参加した藤田くんも会場に見に来ていて再会を果たしました。
遠方に住んでいるあがたさんはレコーディング作業もあるしライブ後早々に帰られたんですが、帰った後もまだあがたさんの発した空気が残っているようで、その先に足穂やディランへの想いを重ねて見るようでした。(次のアルバムはディランに捧げる内容なんだそうで「ディラン物語」という曲も歌ってくれました)稲垣足穂の読み込まれたぼろぼろの文庫本は彼が長年憧れ続けて来た想いがそのような形になっているわけで、こんなになるまで読んでもらったら作者も本望だろうなと思いましたね。この「憧れ力」があがたさんの表現や創作の源なのかもしれないと思った次第です。私も見習いたいものだと思いました。
「貸切り図書館」、次回は7月20日におおはた雄一さんをお迎えしてお送りします。ぜひそちらもお楽しみにということで。