サイクル曜日に喝采と桜を

昨日は春一番が街の埃を払うかの如く吹き荒れて、
空気がようやく春モードに移行したかのような印象ですね。
昨日の風と雨は「季節の変わり目なのだなあ」と
実感させられるような天候でした。
昨日は街中に停めてある自転車も次々と強風でなぎ倒され、
立ち堪えた自転車は表彰ものだったのではないか、
くらいに思うのですが、
ああいうのっていざ自転車を停めておいた場所に戻って
己の愛車が倒れている光景なんかに出くわすと、
何だかうら寂しい気持ちになりますよね。
立っているはずのものが倒れているという状態はどちらかと言えば
哀しみに近い感情を湧き上がらせるように思います。
自然にそうなったにせよ、故意に誰かに倒されたにせよ。
ジョーが倒れた場合も即、
「立つんだジョー!」と段平のおっちゃんが叫びますし(笑)。


前に、コンビニ前に停めてある10台程の自転車がドミノの如く
「総倒れ状態」になっているのを見たことがありますが、
あれは世界で最も哀しみに近いドミノだったように思います。
一体哀しみをドミノしてどうするというのでしょうか。
収拾付かない感じで倒れている自転車の群れは哀れなものです。
もし倒れても勝手に立ち上がる自転車があったら
それほど頼もしいことはありません。
自転車同士励まし合って、みんなで立ち上がったりしたら
素敵なドラマだと思います。


「さあほら!頑張れよ!風なんかで倒れやがって。
ご主人さまが戻って来た時にがっかりさせていいのかよ!」
なんてリーダー格の田島さんの自転車が
いち早く立ち上がり、他の自転車に叱咤激励したりして。
横の鈴原さんのママチャリも「ほら、あんたももう大人でしょう?
大人なら一人で立ち上がらなくちゃ!」とかみんなに声をかけて。
後ろの方の田中さんのマウンテンバイクも
「YO!オレは田中!お前らはオレのように立てるのか?」
とラップしながら問うたりして。
そうやって全ての自転車がみな励まし合いながら起き上がって、
そして残るは最後の一台。
小早川さんの通学用自転車。
近所の「モリタサイクル」で1万2800円で購入された代物。
「立て!立つんだ小早川!」「頑張れ、小早川!」と、
溢れんばかりのみんなからの声援を受け、
その小早川さんの自転車は自らも「逃げちゃ駄目だ!」
と言い聞かせるように歯を食いしばり、タイヤを軋ませ、
じりじりと少しずつ、立ち上がって行きます。
「もう少し。あと少しで立ち上がれるよ!」
小早川さんの自転車は確信を掴みました。
「うおりゃ〜!!!」
そして強風の中、ようやくのこと小早川さんの自転車は
自らの力で立ち上がりました。
哀しみのドミノ状態だったコンビニ前は一転、
「やった!やったぜ小早川!」
「これで全員立ち上がったわけかあ!」
などと自転車同士の熱い友情で湧き上がり、喝采に満ち、
全てが元通りに立ち上がったその熱きドラマに
興奮した持ち主たちも思わず外へ出て来て周りを囲み、
「チャリの奇跡!チャリの奇跡だ!」とスクリームし、
その熱気で周囲の空気さえ変わり、
そこにはいち早く暖かい春の気候が注ぎ込み、
気が付くと頭上の桜が満開となって咲き乱れ、
綺麗な花びらの雨が全員を祝福するように降り注ぎました。
ピンクの光に染められた頬に桜の花びらはそっと優しく落下し、
小早川さんとその自転車はその光景に思わず
「あ、春。」などと呟き、
お互いの顔をそっと見合わせ、


「これからも一緒にサイクリングしようね。」
「うん。どこまでも一緒だよ。」


と言い合い、堅くその手と手をつないで、
いざ桜の花の中を走り出したのです。
二人は春色の影を伸ばしながら
どこまでもどこまでも走って行きました。
遠くまで。
ずっとずっと遠くまで。
春一番が吹き荒れた3月のほとりで。
二人はいち早く満開に咲いたのです。
そうまるで、
桜の花びらのように。


なんて素敵な話があれば良いのですが、
そんな話は残念ながら聞いたことがありません。
倒れた自転車は速やかに起こすしかないようですね(笑)。