私、大日本人を鑑賞して

先日、松本人志監督の「大日本人」を鑑賞して来たのですが、
これは松本人志という才能に何を期待して
映画というメディアをどう捉えるのか
見る側の意識によって賛否両論真っ二つであろうと思ったのですが、
結論から言うと私は楽しめました。
(以下、多少のネタばれがありますので気を付けてお読み下さい)


個人的にはおそらくここが笑いどころと思われる箇所よりも
台詞の何気ない言葉の使い方やディテールにこだわった美術、
人物の細かい描写なんかに私は面白みを感じたのですが、
そもそも松本人志のコントの深い部分での面白さは
そういう微妙かつ絶妙な人間性を浮き彫りにするような
繊細な表現だと私は思っていて、
「ビジュアルバム」「一人ごっつ」のディープなニュアンスが
そのまま劇場に展開されたかのような前半の地味な部分にこそ
私は面白みを感じましたね。まあ好みですけどね完全に。
ドキュメンタリーという設定でのハンディでの不安定なカメラワークや
後半の派手なCGなんかはまさに映画の手法だなという感じですが、
結局は劇場を使った壮大なコントという「お笑い」なんだなと
彼がこの作品において取った選択に対して何となく腑に落ちたんですが、
ドンデン返し的なオチも含めこれはもう濃厚な
松本人志である」としか言いようない世界で、
一般の客にはハードルが少々高いかもしれないですね。
吉本の戦略のおかげで集客力は高いんでしょうけどね。


彼のコントで「トカゲのおっさん」という名作があるんですが、
笑いというよりも哀愁が漂う人間模様が綿密に描かれている作品で
この映画にもその哀愁みたいなものが通奏的に漂っていて、
そこら辺が私には心地良かったですね。
くすっと来たあとにしみじみするような印象に残る言葉も多くて、
野良猫についての言及やなぜ獣と戦うのかという理由を語るくだりなど
彼独特の文学性すら感じさせる言い回しも良かったし、
設定へのフリとして語られる折り畳傘、ふえるワカメ、力うどんや、
UAの飼っている犬の名前などの言葉のセレクトも秀逸だったと思います。
アメリカへの言及がオチへのフリとして機能していたり、
かなり練られた脚本だなと思いました。
(基本インタビュー部分がオチへのフリとなってる構造なんですね)
そういう哀愁じみたトーンで統一して1本作れたとも思うんですが、
それを裏切るかのような独自のナンセンスの極みも同時に表出しており、
(むしろそこがこの映画の盛り上がりどころなわけですが)
そういう部分からして「ビジュアルバム」の総集編て感じがしましたね。
彼が今までやってきた笑いの要素はほとんど入ってるという印象です。
そもそもヒーローの楽屋裏といった設定のコントは
ダウンタウンでも数々行われて来たものですしね。
ただ映画として成立していた世界観が突如ひっくり返るようなくだりは
結局テレビでのお笑い的な世界に帰結しているかのように思え、
私は見ていてちょっと面食らったんですが、
(あそこはもろテレビの「ごっつええ感じ」になってるわけですが)
まあそれも含めそういう映画として成立してるという
解釈を最終的にはしましたけどね。
この作品が笑えるかどうかという観点からすると
「すべらない話」の方が何倍も爆笑出来るわけで、
万人向けとしては凄く困難なアプローチを取ってるなと思いました。
あと設定においてはエヴァンゲリオンとかなり通ずるものがあり、
(獣の設定や戦う理由に親子関係が絡む辺りなど)
松ちゃんがあのアニメを見ていたのか気になったりしたんですが、
まあ他にも色んなヒーローものの要素が入っているので
そこは偶然かもしれないですけどね。
今回は最初に発表されたキャスト名も前フリになっていて
実際に役を見て「え、この役なの?」というオチにもなっているし、
こんな怪作がカンヌに行ったの?というのもまたオチのようでもあり、
(全体に漂うナショナリズムは海外ウケのためかとも思ったんですが)
ネタばれを極度に押さえた戦略の勝利という気もしますが
そういう意味でもこの作品は「お笑い」なんだなという印象でしたね。


あと北野武監督との比較をあえてするとすれば
1作目から「みんな〜やってるか」を撮っちゃったという感じですかね。
「ビジュアルバム」や「一人ごっつ」の面白さがわかる人は
ぜひ見に行くと良いかと思います。