スローなブギ、始めました

深夜テレビで中途半端に見かけて気になっていた
「スローなブギにしてくれ」という80年代の映画を
ふと思い立って借りて来て鑑賞したのですが、
微妙なレトロ感溢れるザ・角川映画という感じでしたね。
浅野温子山崎努古尾谷雅人の間を行ったり来たり、
それぞれ愛を求めて彷徨うというある種の青春映画なんですが、
捨て猫のような存在として描かれる浅野温子のメタファーとして
実際に捨て猫がたくさん登場し、
非常にわかりやすい演出が成されていたのですが
劇中での猫の扱いがすごくぞんざいで、
(窓から子猫をほいほい投げ捨てたりするんですよね)
あー猫が可哀相、とか内容と関係ない感想を抱いたりしました。
浅野温子が実に艶っぽく見えたりひどく幼く見えたり、
表情がそれこそ猫の目のようにくるくる変わるのですが、
なぜか必然性もなくヌードになったりもして、
小悪魔的な魅力を惜しげもなく放出しており良かったですね。
W浅野とか言われる全盛期はこの後くらいなんでしょうかね。
今で言うとエリカ様みたいな感じなんでしょうか。
諸悪の根源我に有りみたいな。
しかし変に不穏な感じのラストシーンとか
微妙に後味悪い印象だったりして、
何か悪い酒を飲んだ後みたいな感じの映画でしたね。
こういう独特なテイストって角川映画だなあという感じで。
劇中に出て来る80年代の吉野家なんかも新鮮だったりして、
つゆだくとかって言葉はこの頃からあったのかなと
吉野家の変遷につい想いを馳せたりしてしまいましたね。
思えば携帯もないので家の黒電話で連絡取り合ってるし、
音楽はレコードかカセットで再生されてるし、
この後CDとかMDとかiPodとかインターネットとか
豚丼とかカレー丼とか牛焼肉丼とか登場するんですよ、
と教えてあげたい衝動に駆られたりもしたのですが、
そんな20年数年先の未来のことを知らせてあげでもしたら、
浅野温子さんはきっと驚いてしまうことでしょうね。
それこそ投げ捨てられた猫のような。
くるくるとした目を向けて。