私、マイ・バック・ページを鑑賞し

山下敦弘監督の「マイ・バック・ページ」を鑑賞しました。
ネタばれしまくりで感想を書きますのでご注意下さい。


川本三郎氏の原作による実際にあった朝霞自衛官殺害事件を元にした物語だそうで。
松山ケンイチ演じるハッタリだけの空虚な活動家と
彼にずるずると引き込まれるジャーナリストを妻夫木くんが演じていて、
男2人の対峙を中心に革命グループ内部の人間模様やジャーナリズムの本質にも迫った内容で、
実に見応えがありました。
ざらついた映像は昭和の時代の雰囲気を再現していたし、
演者の表情を実に熱く捉えていたし(特に主役2人のアップの映像は迫力の画でした)、
マスコミ業界の人間模様(社内のヒエラルキーや様々なタイプの先輩の描写が細かくて良かったです)や、
革命家という存在の空虚さなどはクールな視点で描いていて、見事だったと思います。
特に妻夫木くんのナイーブな演技は素晴らしかったですね。
何かを成し遂げたいと思っている若者特有の脆さが出ていました。
彼の優し過ぎる視線がきちんと表現出来ているから松山ケンイチの駄目っぷりも際立つし、
その後の腕章を焼くという行動にも説得力が増していたように思います。
彼のナイーブさを現すのに宮沢賢治CCRという文学と音楽が使われていましたが、
事実を伝えるジャーナリズムに芸術というフィルターはセンチメンタルに過ぎるという目線は
文学と音楽を嗜好する私にも何だか身につまされるものもあったりして、
主人公に共感しつつももし自分だったらどうだったのかを考えたりもしてしまいました。
革命の名の下に夢を見てしまう脆さはカリスマの空虚を見抜けない経験の浅さと共に
己の嗜好(あるいは志向)も関係するのではないかとか。
「どうして俺はあいつを信じたんだろう」という台詞は
見ている観客にも同じく問い掛けられていたように思います。
それは若さのせいなのか時代のせいなのか自分の中身のせいなのか。
彼は彼なりのジャーナリストとしての信念を通し切って結果その立場を追われ、
映画評論という立場に落ち着くわけですが、
時を経た後の彼の演技も素晴らしかったですね。
(十九歳の地図のポスターで1979年とわからせる描写が心憎かったですね)
劇中2度語られるダスティン・ホフマンの泣くシーンが最後のシーンに繋がるわけですが、
監督得意の長回しのシーンであのタイミングで泣くくだりは見事だったと思います。
松山ケンイチもどうしようもない奴だけどここぞという時にカリスマ然とするキャラを
見事に演じていて良かったですね。
あの見苦しいほどの空虚ぶりたるや。
同じく学生運動の時代の若者を描いた「ノルウェイの森」では
政治と革命を横目に愛と性に苦悩するという全く違うキャラの役でしたけど。
全然同一人物に見えないですからね。
この偽物のカリスマ男との関係を通して主人公の挫折を描いた男2人の物語といえるわけですが、
この映画が良かったのは冷静に自衛官刺殺事件を描いていた目線があったことだと思います。
実際自衛官が死ぬまでの描写に丁寧に時間をかけていましたし、
「人がひとり死ぬこと」を色々な目線からも問い掛けていたのが良かったように思います。
ヒロインの女子からは「でも人が死んでるんですよね」という言葉があり、
警官からは死んだ自衛官の父親の「どうして罪もない息子が死ななくてはいけないのか」という
言葉が投げられていて。
最後のシーンで記者時代に日雇いの体験レポで出会った男と再会するわけですが、
主人公が泣いたのは単純に人生に感慨深くなったとかそういうものではなく、
男が発した「でも生きているんだから良いよな」という台詞を聞いたからで、
それは死んだ自衛官はその後生きられなかったという事実を受け取ったからだと私は解釈したんですが、
単純に主人公の判断と行動は間違っていたとかそういう目線ではなく、
(実際主人公の男は優し過ぎる男で自分の信念を通したわけで)
そういう道を辿ってしまったことの哀しみみたいなものがあの涙に象徴されているような気がして、
私はすごく見ていて胸に迫るものがありました。
腕章を焼くのに「気持ちが悪かったから」というのは
彼を信じたい(イコール自分を肯定したい)気持ちによるものだったと思うんですが、
その気持ち悪さに抗えなかった主人公を愚かのひと言で片付けるほど簡単な話ではないし、
かといってそれは社会的に正しくなかったがゆえ罪に問われたのは事実で。
これを哀しみのひと言で表現するのも何ですが、私は最後まで見てそれを感じました。
重みのあるウッドベースを活かしたミト氏による音楽も良かったですし、
伊賀大介氏による衣装も良かったですね。
昭和にああいう服装と髪型の人いたよなという感じで。
あと上司役にあがた森魚さんが出てて最初気が付かなかったんですが、
かなりいい味を出しておりました。
妻夫木くんの部屋にさり気なく「アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン」が飾ってあって、
それは勿論「マイ・バック・ページ」収録のアルバムであるわけですが、
そういうところもきちんと押さえてるなと感心しましたね。
松ケンがCCRを演奏するくだりのギターの微妙かつ絶妙なチューニングと腕前も良かったです。
監督はこういう細かい描写が巧いんだよなあと思ったりしました。
全体的に長いし重いし内容も好みが分かれそうですが私はこの作品を面白いと思いました。
山下監督の次の作品もまた見たいと期待を寄せています。
みなさんも興味持たれましたらぜひ。