季節ブレンド

昼間の猛烈な残暑と朝晩の秋めいた涼しさの落差たるや
最早同一人物とは思えぬほどで(人物ではないですが)、
ツンデレにもほどがあるぜと文句のひとつも言いたくなるのですが、
今期の晩夏と初秋のブレンド具合は何だかちょっと情緒に欠けるのではないか、
もっとこう「夏の日射しの中にほのかに秋の香りが」みたいな、
詩情を携えた季節ブレンドが出来ないものかと懇願したい衝動に駆られるのですが、
近頃は季節の移り変わりが不器用で乱暴な印象を受けますね。
何しろ詩情という言葉を無視した夏の残暑がでんと居座っているのでは仕方ありません。
「お前、そろそろ帰らないのか」と促しても
「うん大丈夫、遅くなるって言ってあるし」となかなか腰を上げない客のような佇まいです。
空気の読めない輩です。
徐々に秋めいていく空気の独自のブレンド具合って昔はあったような気がするんですけどね。
今は「昼間夏です」「朝晩秋です」みたいなくっきりした分かれ方ですもんね。
水に泥を混ぜたものの、泥が沈殿して水と泥に上下くっきり分かれているようなものです。
(例えわかりにくいですかね・笑)
いい混ざり具合の泥水になって「ほらコーヒーだよん」「やだー」なんて戯れてみたいものです。
本当に泥水を飲んだらえらいことになりますが。
天然コケッコー」という映画で水に絵の具を溶かしたものを
「ほらジュース」と言って差し出してそのまま飲んじゃうというシーンがありましたけどね。
(絵付けの仕事をしていてバケツの水を見て「これ美味しそうな色合いだな」と思うことはあります)
しかし今や我々はコーヒーの漆黒やそれにミルクを混ぜた茶色を見ても
豆を挽いた物だという認識があるからそれを飲みますが、
幼き頃はコーヒーなんて飲み物は「泥水みたいじゃないか」と見た目で思ったものだし、
実際飲んでも「苦い黒い謎の液体」という認識だったような覚えがあります。
それが今や「これは酸味があって美味い」だの「こっちはマイルドで飲みやすい」だの
コーヒーの味の違いもわかるくらいにはなっているのであり、
泥水じゃん、なんて乱暴なことは思わなくなりました。
この間のライブでのアアルトコーヒーの庄野さんの仕事を見て
コーヒーって奥が深いなとさらなる可能性も見知ったほどです。
季節の移り変わりの空気のブレンド具合もコーヒーと同じように
自ら調整出来れば楽しいのになあと思ったりします。
「9月12日くらいの気候だと夏4.5で秋5.5の割合で混ぜると良いね。
夕方になるとさらに風味が増すんだよ」みたいな感じで。
「9月の24日辺りだともう夕方には肌寒いくらいのひんやり空気をブレンドして
秋の哀愁を演出するなんてのも良いね」なんて。
何しろ近頃の気候は「取りあえず昼間は夏全開でいんじゃね?」みたいな
適当な印象を受けてしまいます。
日本の四季の繊細な空気はもう失われてしまったのでしょうか。
温暖化という原因によって。
そんなことを思いながら苦いブラックコーヒーなどをすすって
「ダバダ〜」と違いのわかる男を気取ってみる今日この頃です。
そろそろホットの似合う季節です。
ノット泥水、ホットです。