犬神家の天ぷら

宇都宮での催事も終わりほっとしたのも束の間、
今度は立川にて催事が始まるというなかなかの状況になっておりますが、
もう皐月も半ばに差し掛かっているのかと暦を見ながら時の経過の早さに驚き嘆いておる次第です。


先日は所用で有楽町に赴く機会があり、
折角なら銀座で蕎麦でも食すかと「銀座 蕎麦」でお店を検索したところ良さげな老舗店の情報を得て。
ではここに行ってみようかと嫁と共に数分歩き目的のお店に着くと
果たして外観は情緒があり雰囲気も良さげなのであり。
ほほう期待できそうじゃんと言いつつ店内に入り席に着き、
まずは壁のつまみのメニューを見やると値段が書いてないのですよね。
「銀座」「老舗」「値段が書いてない」の3条件揃ったところを見ると
ここは高いなと踏んだ私はつまみを早急に頼むのはやめ、
まずは落ち着きながら蕎麦のメニューなど見ていると
若い女性店員がすっとやって来て急いで注文を聞こうとするのですよね。
「え、もう来ちゃったよどうしようかな」と悩んでいるとその刹那、
「決まったら教えて下さいっ!」とぶっきら棒に言い放ちその店員は去って行ったのですよね。
その無愛想っぷりに我々は驚き、「え?我々客だよね?」と再確認し合い、
彼女の様子に店員が持って然るべき愛想を探すもどこにも見当たらないのです。
向かいのホーム、路地裏の窓、こんなところにいるはずもないのに。
注文の思案時間にしたってほんの数秒です。
クイズ番組でももっとシンキングタイムがあるだろうに。
しかもその言い放ち方たるや、思春期中学女子が己の親に向かい
「お父さんマジキモいんだけど!」と吐き捨てるかのような、
わけのわからぬ憎悪や他人を見下してる感満載の口調なのであり、
私はその時点で己のお店セレクトの失敗を確信したのですが、
もう入店してしまったのだから仕方ありません。
まあ取り敢えずビールでも飲むか、ビールは裏切らないしな、と
その不貞腐れ姉ちゃんにビールを頼むと
「サッポロとアサヒとエビスがありますけどぉ?」と、
お前そんなことも知らないでビール頼んでんのか恥を知れそして死ねと言わんばかりの高圧態度で告げるので、
私は「ひえ〜知らなくてすみません〜」と慄き、
早口で言われたから最後のエビスくらいしか聞き取れなかったな〜と思いつつエビスを頼むと
「ほら飲めや」と言わんばかりの雰囲気で中瓶を持って来て。
一応それを飲むも、中瓶なのに800円くらい取られるパターンじゃないかなこれ、と、
値段が書いてないシステムに改めて恐れ慄いたのですが、
もうその時点でつまみを頼む気は失せているのであり。
取り敢えず蕎麦だけ食べて早々に帰ろうと私は一番安いもりそばを頼むも、
嫁はせめて料理で元を取ろうと天ぷら蕎麦1100円を頼み。
(オーダーする際も私が「もりをください」と言うと姉ちゃんの耳に聞こえなかったのか
「はあっ!?」と高圧的に聞き直され「ひい〜」と泣きそうになるくだりがありました)
まあ天ぷら言うてもどうせ衣ばかり分厚い申し訳程度の物が2、3品出てくるのであろうと
前もって予防線を張って待っていると果たして蕎麦がやって来て。
私のはまあ普通のもりなわけです。ごく普通の。
ネギが少ねえなあ、小諸そばだったら入れ放題だぞこの野郎と心の中で一瞬毒づきましたが。
問題は天ぷら蕎麦なのです。
まず出て来て天ぷらが見当たらないのです。
あれどこだろうと我々は天ぷらを探す旅に出て。
向かいのホーム、路地裏の窓、こんなところにいるはずもないのに。
しまいには「ひょっとして間違って出て来たんじゃない?」と戸惑いつつ。
一応つゆの中を箸で掬ってみると中から
「小さくてすみません〜」とばかりにひょっこりかき揚げが出て来たのですよね。
本当に控えめなかき揚げがおひとつ。
それがもうつゆに浸かってヒタヒタなのです。
頼んでもいないのに浸かりまくってるのです。
浸かり過ぎて死んでるみたいなのです。
言うなればかき揚げの溺死体です。
土左衛門ですよ。
「ぼく、どざえもん〜」と大山のぶ代の声で再生されましたよ。
死体のかき揚げの声が。
え、これが1100円の天ぷら蕎麦っ?と絶句している我々の様子を見ていたのか、
すかさず店員のおじさんがマッハのスピードで我々にそっと近寄り
「あのーうちの天ぷらは海老が付いてないんです。
海老をご希望でしたら別に海老天蕎麦というメニューがありまして」とフォローを入れたのですが、
「違う違うそうじゃ、そうじゃなーい!」と鈴木雅之の名曲のフレーズを歌いつつ我々は
「そうじゃなくて何で天ぷらを最初からつゆに浸けとんねん!」と心の中でつっこんだのですが、
おじさんは海老の有無で文句を言われてると思ったのでしょう。
(我々は実際には文句は言ってなかったんですが、
余りの衝撃に表情に出てしまって向こうも気付いたのでしょう)
しかし天ぷら言うたらあなた、揚げたてさっくさくの物が別な皿に盛られて
それをさくさく食べながら蕎麦をつるっというのが定番なんじゃないですか。
海老がないのは譲るとして、季節のお野菜とかが上品に揚がってて欲しいじゃないですか。
そんな天ぷらの情緒が一切ナッシングなのです。
かき揚げを見えないくらいにつゆに深く沈めて出すなんて。
犬神家のワンシーンを思い出しましたよ私は。
かき揚げの両足がつゆからにょきっと出されているおぞましい光景を。
それがまた店のこだわりと言うよりも、
注文聞く前にすでに揚がってる物を出してるのがばれるとまずいからあらかじめつゆに浸けて
「これが俺流ですけど何か?」と誤魔化してるようにしか見えないのですよね。
結果つゆには揚げ物の油が浮かび、見るからにまずそうだし、
麺は4口くらいで食べ切ってしまうくらい量が少ないし。
これで1100円?と我々は何度もメニューを確認し。
富士そば小諸そばや駅の立ち食いそば屋だってきょうびもっとましな物出すぜ?
しかも向こうはワンコインだぜ?とすっかり怒り心頭で厨房を覗けば
あろうことか料理人のおじさんが厨房で煙草吸ってやがるのですよね。
スパスパと美味しそうに。
てめえ美味しい蕎麦も出せねえのに厨房で美味しい煙草を吸ってリラックスしてる場合か!と、
さらに怒り心頭になり。
私などは星一徹もかくやとばかりにテーブルを引っ繰り返したい衝動にも駆られたのですが、
ここで文句を言ってもただでさえ味が悪いのにさらに後味が悪くなるだけです。
ただただ項垂れて帰るに至ったのですが、老舗に名店なしというのを実感した次第です。
その後食べログなどのサイトでそのお店のレビューを見ると
「老舗にあぐらをかいて適当な商売をしている」
「接客が酷い」
「蕎麦が少ない」
「つまみの値段が書いてないし、高い」
「天ぷら蕎麦の定義は何なんだ」
などと我々が感じたことを他の人も多数書いているのであり、
「おお、みんな同じことを思っている!」とそこで溜飲を下げたのですが、
それにしてもなわけです。
立地も良く便利だし老舗で見栄えも良いし、私みたいにもり1枚だけさっと食べて帰る人からしたら
こんなものかと思ってまた来るのかもしれません。
そうやって客が来るから店も甘えると。
悪循環なわけですね。
あぐらをかいていいのは畳の上だけです。


というわけでしばらくは天ぷら蕎麦を食べる気がしません。
天ぷらへの情熱がどこかへ行ってしまいました。
探しても見つからないのです。
向かいのホーム。路地裏の窓、そんなところにあるはずもないのに。