たまにはさかさまに世界を見てみる 貸切り図書館36冊目

先日は恒例のイベント「貸切り図書館」の36回目を、ゲストにカーネーション直枝政広さんをお迎えしてお送りしました。たくさんのご来場をどうもありがとうございました。直枝さんが本についてじっくり語る機会もあまりないと思われるので、貴重な一夜になったのではないかと思います。
前日も江ノ島でライブだったという直枝さんですが、打ち上げの後に朝まで大谷能生さんとカラオケをしていたそうで、それでも「いやー、さっき円覚寺に行って来てね」ときちんと鎌倉を散策してから会場入りされたとのことで、タフだなあと感心してしまいましたね。リハーサルでも全然疲れも見せず張りのある声で歌われて、この声をカラオケボックスで独占していた大谷さんが羨ましいなと思ってしまった私です。リハ中、直枝さんから「なぜに貸切り図書館というタイトルで本を紹介するイベントなの?」と尋ねられたので「通常のライブに何かもう1個違う要素を乗せたいと思った時に、店主が元図書館司書で本が好きというのもあって、本を紹介してもらう内容になったんです」と応えると「おお、なるほど!」と合点がいったようで、実際本番ではこのイベントの趣旨に沿ったステージを展開してくれました。
そんな本番は「やるせなく果てしなく」からスタートしまして。個人的に聴きたいと思っていた曲なので冒頭からグッと来てしまいましたね。直枝さんはアコギを繊細に爪弾き、時には激しくかき鳴らし、それぞれの曲の表情をギター1本で巧みに表現していて、改めて素晴らしいギタリストだなと感心してしまいました。ストロークの際にギターのボディにピックがカチカチ当たる音が生々しく響き、これぞ小さな会場で間近で聴く醍醐味だなと思いましたね。そのギターに乗る直枝さんの艶のある渋い歌声がまた切なくかっこよく果てしなく。特に「ANGEL」の熱唱には泣かされました。「いつかここで会いましょう」や「アダムスキー」など新譜からの曲もたくさん聴けて良かったです。(「アダムスキー」はすでにライブでは大人気曲なんですね。)ニール・ヤングのカバーにも痺れました。後で聞いたらDJのようにその場で選曲しながら歌っていたそうで、「本のトークと選曲もしなきゃいけないし大変だった」とのことでした。
ちなみに私がカーネーションを聴くきっかけになったのは、20年くらい前、当時各駅停車というバンドをやっていた時にドラマーの横山さんから「五十嵐くん、これ良いから聴いてみて」と彼が編集したカーネーション私的ベストのカセットを貰ったところからなんですが、この日はその横山さんも会場に見に来ていて、そのカセットに入っていた「1/2のミッドサマー」「市民プール」を一緒に生で聴けて何だか感慨深かったですね。実は15年くらい前に各駅停車とカーネーションは一度対バンもしたことがあるんですが、楽屋でカーネーションの面々を目前にして緊張してひと言も喋れなかった我々なので、当然直枝さんは「え、ライブで共演したことあるんだっけ?」と覚えてませんでしたけどね。当時カーネーションのギタリストだった鳥羽修さんに1曲プロデュースしていただいた縁での共演だったんですが、あれほど緊張したライブはなかったように思います。そんな過去の思い出も加味されてついしみじみ聴き入ってしまいました。素晴らしい歌と演奏でした。
そして本の紹介のくだりですが、直枝さんのセレクトは以下のラインナップでした。
芥川龍之介著「トロッコ
アンドレイ・タルコフスキー著「ストーカー」
上林暁著「花の精」(上林暁傑作小説集「星を撒いた街」所収)
平野威馬雄著「お化けの本」
岡本かの子著「渾沌未分」(「岡本かの子全集」所収)
深沢七郎
「言わなければよかったのに日記」
「秘儀」(「みちのくの人形たち」所収)
青柳瑞穂著「ささやかな日本発掘」
小林秀雄 講演「信ずることと考えること」(カセットテープ)
水木しげる著「悪魔くん千年王国
ゲオルゲ詩集
サム・シェパード著「ローリングサンダー航海日誌 ディランが街にやってきた」
高見順著「敗戦日記」
小津安二郎著「小津安二郎全日記」

さらに持参して来たものの、紹介し切れなかったものがこちらです。
三島由紀夫著「美しい星」(この日molnの隣の古本屋で購入したもの)
海猫沢めろん著「全滅脳フューチャー!」
宮脇俊三著「終着駅へ行ってきます」

オムニバスアルバム「陽気な若き博物館員たち」収録の「トロッコ」という直枝さんソロ名義の楽曲は、元々はアンドレイ・タルコフスキー監督の「ストーカー」という映画を見た時に「トロッコ」というキーワードが浮かんで作り始めたそうなんですが、結局出来たのは子供の頃に読んで好きになった芥川龍之介版の「トロッコ」に近いものになったそうで、その芥川の「トロッコ」の一節を朗読してくれました。(直枝さんの朗読はどこか無骨ながら味があって素敵でした。)その後「トロッコ」も歌ってくれたのですが、この曲は「EDO RIVER」とコード進行が全く一緒だそうで(笑)、すべてはトロッコから始まったと笑いながら語ってくれました。
上林暁の「花の精」は昔国語の教科書に載っていたものを読んで感動し、その後古本屋で再会した作品なんだそうですが、そのあまりに美しい文章ゆえに一度全文を自ら書き取りし、身体に取り入れたことがあるという話には驚きましたね。曲を完コピするのと同じような感覚なのでしょうか。さらには好きが高じてこの小説のサントラまで勝手に作ってしまったそうで、直枝さんにそこまでさせる文章とあれば読まねばなるまいと思った次第です。本当はこの日そのサントラCDも持参して来てくれたのですが、再生する機材がなくて流せなかったのが残念でした。(これは次回のお楽しみに取っておくということでぜひ。)ちなみに山本精一さんも教科書でこの「花の精」を読んで好きになったそうで、後に直枝さんとその話で盛り上がったそうです。この世代の国語の教科書、グッジョブだなと思った次第です。私もセンター試験の問題に出て来た三好達治の文章に惹かれてその後全文を読んだ経験がありますが、教科書や試験もたまには役に立つものです。この「花の精」の一節も朗読してくれたのですが、駅の描写に合わせて外から電車の音が聞こえ、臨場感がありましたね。
平野威馬雄さんは平野レミさんのお父さんだそうで(ということはトライセラの和田氏のおじいさん)、直枝さんと同じ松戸在住ということで親近感を持ってよくテレビで見ていたそうです。直枝さんもお化けとかUFOとかに興味があるそうで、本番前にもmoln近くでとても星とは思えない不思議な光が見えたと大騒ぎしていたのですが、その後星座表で確認したらそこにあるべき星を確認して「なーんだ」と思ったというオチを後で語ってくれました(笑)。
岡本かの子さんは岡本太郎のお母さんだそうで、この「渾沌未分」という小説の文体は今読んでも全然古くなく、当時の東京の懐かしい光景も伺え、とても良い作品だと絶賛されていました。荒川放水路を舞台にした水泳の監視員の話だそうですが、無心になって人が泳ぐ姿というのは絵になるし、作品になりやすいというようなことを語っておりましたね。ネットで少し本文を読みましたが、確かに水中の描写がとても上品かつ官能的で、直枝さんが「完璧」と評するのもわかるなと思いましたね。直枝さん曰く岡本かの子作品はブックオフなどで全集が108円で買えたりするのでお勧めとのことでした。
深沢七郎の本はその語り口が好きでよく読んでいるそうで、「言わなければよかったのに日記」内の正宗白鳥と七郎の会話のくだり(壷井栄を銀座で見かけたが知らなかったという話)を紹介してくれました。小説「秘儀」に関しては直枝さんのストーリーの紹介の仕方が巧く、思わず続きを読んでみたくなりましたね。「人形の裏側を見てみるとそこには…」というような語り口で。日常のなかにふと紛れている非日常に物語が生まれるという話が興味深かったです。後で直枝さんに「深沢七郎のギターのアルバムも良いですよね」という話をしたら、「あれのアナログ盤をずっと探しているんだよね」とのことでした。どこかで見かけた方はぜひ直枝さんに知らせてあげて下さい(笑)。
青柳瑞穂さんは仏文学者で、この「ささやかな日本発掘」は日本全国各地で出会った骨董や民藝についての随筆だそうで、杉並の古道具屋で尾形光琳肖像画を発見したという驚愕のエピソードも書かれているそうです。私もよく何かお宝がないかと地方の骨董のお店やリサイクルショップ、古本屋などを眺めるのが好きなので、ちょっと読んでみたくなりましたね。
小林秀雄の「信ずることと考えること」は彼の講演を収めたカセットテープとのことでしたが、現在はその音源もCD化されているそうです。この講演で語られている「民俗学者柳田國男が真昼に星を見た話」というエピソードを紹介してくれました。柳田國男が少年だった頃に近所のおばあさんのほこらに侵入し、そこにあったご神体とされる蝋石を手に取った瞬間に突然興奮状態になり、空を見上げたら昼間なのに無数の星が見え、そこから心神喪失になりしばし記憶が途切れたという、有名な逸話があるのだそうで。こういう科学で説明出来ない話がたくさんあるということを小林秀雄は講演で熱弁しているのだそうです。先ほどのお化けやUFOの話ともリンクしますが、直枝さんはそういう不思議なことも現実に起こり得るし、ものの見方はひとつではないという意識を常に持っているのだそうです。そういう視線が「EDO RIVER」の歌詞の「たまにはさかさまに世界をみてみよう」の一節にも現れているのかなと思いました。深沢七郎の「秘儀」の人形の裏側を見てみるなんてのもまさにそうですしね。
直枝さんは漫画では「悪魔くん」が好きだそうで、この日持って来ていた譜面を入れるファイルが悪魔くん仕様でしたね。「みなさん漫画だと何を読むんですか?」と直枝さんは突然お客さんにアンケートを取り始め、「こち亀」とか「ガラスの仮面」とか具体的に挙がると「ああ、面白いですよね」と同意していて、直枝さんも意外に有名漫画も読んでいるんだなと思いました。
ゲオルゲの詩集はレコーディングや作詞の時期になると常に近くに置いている本だそうで、作業に煮詰まったりするとぱっと見開いたりして言葉を引き出すヒントにしているのだそうです。偶然古本屋で手に取り、字面が気に入って買ったのだそうですが、直枝さんの作詞のヒント本となれば気になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
サム・シェパードの本はボブ・ディランが70年代半ばにローリングサンダーレビューとしてトラックで全米をツアーして回る様子が書かれている旅の記録ですが、直枝さんはこの頃のディランが大好きなのだそうで。「激しい雨」やブートレッグシリーズでこの頃の音源が聴けますが、これを読みながら聴くとより当時の空気がわかり楽しめるのではないでしょうか。この様子を記録した映画で現在も未ソフト化の「レナルド&クララ」もいつかは見てみたいものです。
あと直枝さんは日記文学が大好きだそうで、他人がどんな生活を送っているか垣間見るだけでも何かしらのヒントや出会いが得られるのではないかとつい読んでしまうそうです。筒井康隆の日記なども面白いのだそうですが、今回は文士が戦争中に何を考えていたのか興味があって読んだという高見順の「敗戦日記」を勧めてくれました。(高見順はそれこそ鎌倉の人なのだそうです。)あとライブ前に円覚寺へ立ち寄った際に小津安二郎のお墓も参って来たそうで、「小津安二郎全日記」という小津監督の日記本をずっと探しているという話をしておりました。前に見付けた時は書き込みが酷くて断念したのだそうです。どこかで見かけた方はぜひ直枝さんに知らせてあげて下さい(笑)。直枝さん自身もどこかのタイミングで日記を再開したいと語っておりましたが、ぜひこれを機会にまた書いて欲しいなと思いましたね。直枝さんの日記が誰かのヒントや出会いに繋がることも間違いなくあるでしょうし。
今回は本の紹介の他にも岩井俊二監督の「花とアリス殺人事件」の何も起こらない日常の光景の表現の素晴らしさについてや、自身の創作への姿勢なども語ったりしてくれて、色々興味深い話をたくさん聴けましたね。昔は自作に対しての他人の批評やレビューなどが気になったけど今は自信があるから気にしないし見ないし、自分の表現をこれからどう広げて行こうか夢がある、などという熱い話にはグッと来ました。キャリア30数年のベテランの話す「夢がある」のかっこよさよ。直枝さん曰く「本は積んでおくだけでも意味がある」そうで、今回気になった本がある方はぜひ入手してみては如何でしょうか。そして直枝さんの欲しいブツを見かけた方はぜひ知らせてあげて下さい(笑)。
この日はご近所カフェ、ディモンシュさんでたまたまヒックスヴィルのライブもあり、終演後は両者合同で打ち上げを行いまして。鎌倉に豪華な面子が集う特別な一夜となりました。ゴメスの山田稔明氏だけが唯一両方の会場を行き来して見てましたが(笑)、どちらも見たいというお客さんも多かったのではないでしょうか。私がフィッシュマンズ、妻が小沢健二さんのライブでついこの間ギターの木暮さんの勇姿を見たばかりで、「見ましたよ!」と木暮さんに別々なライブの感想を報告し合うという光景が繰り広げられました(笑)。直枝さんとヒックスヴィルのメンバーが揃うレアな様子に密かに興奮してしまった私です。
貸切り図書館、次回は10月10日に優河さんをお迎えしてお送りします。そちらもぜひお楽しみにということで。