波音と鎮魂 貸切り図書館63冊目

先日はmolnにて「貸切り図書館63冊目」をゲストに原マスミさんを迎えてお送りしました。たくさんのご来場をありがとうございました。今回のライブはmolnで行われているやまぐちめぐみさんの原画展の開催記念ということで、生前やまぐちさんと交流のあった原さんに出演していただく運びとなりました。原マスミさんといえば吉本ばななさんの小説の表紙でお馴染みのイラストレーターですが(私が彼を知ったのもそこからでした)、優れたミュージシャンでもあるとその後知り、そのワンアンドオンリーな独創性溢れる歌声、歌詞、サウンドに衝撃を受けたものです。そんな原さんを貸切り図書館にお招き出来てこんな嬉しいことはありません。
そんな原さんですが、私よりも遥かに年長ながら少年のようなまっすぐな眼差しと佇まいで「あー、この絵懐かしいなあ」とやまぐちさんの作品を眺めていたのが印象的でした。いざ本番が始まると原さんは譜面や歌詞などを一切見ずに膨大な量の言葉を歌い、語り、演じ(宮沢賢治の小説の引用も諳んじていました)その映像や色味を喚起させる豊かな歌詞と歌唱で聴く者の頭の中に次々とイメージを広げさせるのです。まさに圧巻のパフォーマンスでした。CDプレイヤーがないので波の音のSEを使うのを断念した曲があるのですが、ルーパーを駆使してのギタープレイと歌詞だけでもうそこに海が広がっていましたね。鎌倉にサーフサウンドが鳴り響いておりました。
原さんは老眼が始まってから本を読む機会が減ったそうなのですが(原さんの老いを自虐するトークの時に照れながら笑う姿がキュートでした)、矢川澄子さんの『「父の娘」たち』、矢川さんが訳を手掛けたポール・ギャリコの「雪のひとひら」を紹介してくれました。(こちらは原さんが装画を手掛けた版があるそうです。)原さんは生前矢川さんと親しかったそうで、交流話など聞かせてくれました。矢川さんの夫の澁澤龍彦さんにサインを貰ったとか、何気ない話が興味深かったですね。矢川さんは長く鎌倉在住だったそうで、ぜひ読んでみたくなりました。あと島尾敏雄さんの著作もほぼ読んでいるそうでそちらも勧めてくれました。
やまぐちめぐみさんは数年前に49歳の若さで亡くなられ、今回有志の方により作品集がミルブックスから発売になったのを記念しての展示とライブだったのですが、ちょうどお盆も近いこともあり、この日は亡くなった人たちへの鎮魂のような空気を終始感じました。ライブに際し原さんの歌う背後にやまぐちさんの作品を並べ変えたのですが、原さんは度々振り返っては「めぐ、聴いてるかな」「めぐに乾杯」と何度となく語りかけていました。原さんは「亡くなった人にまた会えるなら全財産投げ打ってでも構わない。まあ大した財産じゃないから言えるんだけど」と冗談混じりに言っておりましたが、その気持ちわかるなあとしみじみ思ってしまいました。この日はやまぐちさんもmolnにいて、原さんの歌声を聴いていたのかもしれません。
原さんとCMの仕事で一緒だったというイトケンさんからライブ中にメッセージを貰ったので、「イトケンさんがよろしくお伝え下さいと言ってましたよ」と原さんに言ったら、「ああ、彼のパートナーのきょうこさん、亡くなったのをだいぶ後に聞いたんですよ」ときょうこさんの話になり。「背が高くてとても綺麗な人だったなあ」としみじみと語るその目は先ほど「めぐ」と呼びかけていた時と同じく優しい眼差しで、ひょっとしたらこの人は天国にいる人と交信出来るのかもしれないとちょっと思いました。やまぐちさんの絵を眺めながらきょうこさんのことも思い出し、亡くなった後もこうして人に思い出して貰えるというのは幸せなことなのかもしれないとちょっと思った次第です。
この世とあの世の境い目のような、不思議だけどあたたかい気持ちになれた一日でした。やまぐちめぐみさんの原画展はmolnにて8月19日まで開催しています。ぜひ機会ありましたらご来場下さい。